※未来捏造。サスケが木ノ葉に帰還。火影×補佐(上忍)。
随分前に構想を練っていたので、ナルトが火影を綱手から受け継いでます。
暗く、静まり返った執務室でナルトはひとり息を吐いた。一分一秒がやたらに長く感じられ、心拍数を上げた心臓は先程から早鐘を打ち続けている。探らなくとも近づいてくれば気配で解るというのに、僅かな油断や驚きで心構えを崩されないように無駄に神経を研ぎ澄まして周りの様子を探ってしまう自分に呆れ果てて、自嘲気味に口端を歪ませた。
明日、正式に火影に就任する。式典が午前の遅い時間に開催され、その後は各国の大名や影達を招き食事会を催す事と決まっていた。しかし、式典が明日であるというだけで、随分前から既に実務に就いてはいた。とは言っても、まだ一人で全てをこなす事は出来ず、見かねた綱手やシズネに手を貸して貰う事も多い。それでも、内々のみの集まりではあったが綱手がナルトに正式に火影の座を譲ると発表してから、少しずつ時間をかけて準備をしてきたのだ。今となっては、執務室や仮眠室もすっかりナルトの私物が持ち込まれている。最初こそ椅子に座るだけでそわそわと落ち着かなかったものの、最近では集中して事務的な作業をこなせるまでに成長していた。
しかし、それでもやはり式典は特別なものだ。それは何もナルトだけでは無かったようで、少し話がしたいという綱手と数十分前までここで交わした言葉が脳裏に蘇ると、誇らしいようなくすぐったいような思いが湧き上がって照れくさくなる。何でも無い世間話に始まり、思い出話を経て彼女は感慨深げにナルトに祝いの言葉を紡いだ。ちんちくりんが立派になったねえ、アイツにも見せてやりたかったよ、と静かに呟く綱手の言葉に、ナルトの方が涙ぐんでしまってお叱りを受けた事も、いつか思い出して胸が熱くなるのだろう。
結局数時間に亘って話し込んでしまい、すっかり暗くなった室内に気付いたナルトが電灯のスイッチに手をかけた時、綱手はそれを制して立ち上がると窓際に立ちナルトを手招きした。
しっかり見ておきな。これが、お前がこれから守っていくものだよ。
火影が腰掛ける椅子の後方には、大きな窓がある。そこに並び立ち、照明を点ける事を止められ不思議そうな表情を浮かべるナルトに、綱手は穏やかな声で言葉を紡ぎ窓の外を指し示した。その指の先には、明かりの灯り始めた街並みがある。部下である忍は勿論、木ノ葉を故郷とする民の全ての命が、生活が、未来が、火影の称号を持つ者の肩にかかっているのだと教えられ、ナルトは僅かな沈黙の後静かに深く頷いた。火影という名が示すのは名誉では無いという事は、疾うに解っている。
そんな会話をしたせいか、綱手が執務室を去っても部屋の灯りを点ける気にはならず、暗い部屋の中でナルトはサスケを待っていた。
明日、正式に火影の名を受け継ぐ。夢が叶う。この節目の時だからこそ、サスケに告げておきたい事があった。
早いもので、戦争が終わり、サスケが木ノ葉に帰って来てからというもの、十年が経とうとしていた。サスケが木ノ葉に帰るという点に関しても、世界平和の観点から見ても、自分とサスケの関係についても、その間本当に色々な事があった。けれど、今ひとつ言えるのは、サスケと恋人という関係に落ち着いてからも、それだけの年月が経とうとしているという事だ。
はあ、とひとつ大きな息を吐き出して、そわそわと落ち着き無く室内を歩き回っていたナルトは再び大きな窓の前に立ち眼下に広がる街並みを見下ろした。もうあといくらもしないうちにサスケはここへ姿を現すだろう。その時が訪れたら、胸の内に秘めているこの決意を言葉にして伝えなければならない。そう考えると、緊張にますます心拍数が上がった。胸が詰まって、息が苦しくなる。握り拳を作った両手の震えが止まらなかった。
サスケは今夜国外での任務から帰ると聞いている。少々強行スケジュールのようだったが、ナルトの就任式に合わせて帰って来るのだ。サスケが任される任務は簡単では無い事の方が圧倒的に多い。きっと、難しい任務を時間に追われながらこなしたサスケは酷く疲れているだろう。明日は彼にとっても大事な式典なのだ。本来ならこんな場所に呼び出したりせず、報告も後回しにさせて出来るだけ休ませてやらなければならない事など解りきっている。サスケだけの問題では無い、明日の式典と会食の重要さを考えるならばナルト自身も早めに休んだ方が良いに決まっていた。しかし、今日でなければ意味が無いのだ。だからこそ、恋人に申し訳無いと思いながらも、ナルトは彼の帰りを待っている。
薄暗い室内でも如実に感じ取れるくらいに疲労を滲ませたサスケが執務室の扉を叩いたのは、それから半時が過ぎた頃だった。日付はとっくに変わって里の中はすっかり静まり返り、街の明かりもほぼ残っていない。おそらく無理を押して帰還したのだろうサスケは、今の今まで走って来たのかほんの僅かに息が上がっていた。
「……待たせたな」
それでも、何でも無いような素振りで語りかけて来るサスケは本当に強がりだ。否、実際彼は強いのだけれど、だからといって何をさせても疲れない訳では無いし、人間である以上不可能もある。しかしサスケは、少なくともナルトの前では、今も昔も憧れのヒーローであり続けた。格好悪いサスケなんて、ナルトはほとんど見た事が無い。
「構わねえってばよ。つうか、任務明けのとこ悪かったな。お疲れ様」
詰所で報告を終えたその足で火影邸を訪れたのか、サスケは忍服のままだった。窓から離れ、机の脇を回ってゆっくりとサスケに歩み寄る。出来るだけ自然にと努めたつもりだったが、長く深い付き合いのせいか何か感じるところがあるのだろうか、サスケはいつものように唇の端を引き上げるとフンと小馬鹿にするように鼻を鳴らして笑った。
「……ウスラトンカチでも、緊張してんのか」
長い付き合いだ、どうやらナルトの纏う雰囲気が普段と違う事に気付いたらしいサスケは、緩慢な歩みで移動して机の側に立つと、端に寄せて置いてある紙束の端を捲ってそれらに押印が済ませてある事を確認する。
「ああ、そうだってばよ」
素直に肯定の言葉を返すと、サスケは意外そうな顔をして書類を捲る手を止めた。
きっとサスケは、勘違いをしている。昔から憚り無く大声で公言してきた夢が明日叶うのだから、彼がそう感じるのも無理は無い。しかし、就任が正式に決まってから、そしてそれ以前も、ナルトは夢を叶える為に、何より皆が平和に暮らせるようにと、精一杯努力を重ねて来たのだ。既に自負を身に付けた今のナルトにとって、夢が叶う瞬間に抱くのは緊張では無いと言って良かった。
緊張してるぜ。何せ、今から一世一代のプロポーズしようってんだから。
続く言葉は胸の内だけで呟いて、手を伸ばせば触れられるくらいにサスケとの距離を詰める。暗さに目が慣れているだけあって、近くに立てばサスケの顔が良く見えて緊張感が増すのを感じ、無意識のうちに唾を飲み込んだ。
勿論、夢が叶う喜びも、長になる責任も、現実になってしまう事が時折信じられなくなるくらいには嬉しいし、多少緊張もしている。火影になるという事は、単に称号を得るという単純な事では無い。就任式も大事な行事ではあるがそれは飽くまで儀式であって、ナルトが本当の意味で火影になっていくのはその後の話だ。
「…へえ。少しは成長したじゃねえか。馬鹿みたいに喜んでるより、よっぽどそれらしく見えるぜ」
肯定の返事が余程想定外だったのか、サスケは僅かに瞠目して皮肉っぽく悪態を吐いた。彼が指先で捲っていた書類に注がれていた眼差しが、向かう先を変えて間近でナルトを捉える。
大きな窓から差し込む僅かな月明かりを拾い上げて光に揺れる漆黒の双眸は、揶揄から優しさへと纏う雰囲気を次第に変えていった。その様子を目の当たりにして、愛しさと切なさに胸が締め付けられ、その感覚に思い知らされる。
ああ、俺はやっぱり、どうしようも無くサスケが好きだ。
「……サスケ」
腹に力を込めて声を出すと、思ったよりも声は震えなかった。安堵して、真っ直ぐにサスケを見つめる。覚悟を決めたせいか、不思議と手の震えも止まっていた。
今までにも何度か、冗談やはずみでサスケに求婚した事はあった。その度にはぐらかされたりからかわれたりして本気に受け取って貰えなかった事を、今となっては良かったと思う。タイミングも、シチュエーションも、これ以上のものは無いと断言出来るからだ。
ナルトがサスケに抱く思いは、付き合って下さいと告白した時から変わっていない。同性だからこそ生じる問題も色々あるだろう事は解っていたが、それでも、生涯の伴侶にサスケ以外は考えられなかった。
「何だ」
ナルトの真剣で切羽詰まった態度で話の重要さを察したサスケが、今までよりも低い声でその先を促す。射るような強い眼差しを向けられ、相変わらずの目力に怯んでしまいそうになる自分を叱咤して勇気を振り絞った。ほんの少しの息苦しさを覚えながら、用意していた小箱を取り出して机の上に置く。無言のまま相手には見えないよう蓋を開け中身を取り出すと、そっとサスケの左手をとった。サスケは不思議そうな表情こそ浮かべたものの、特に振り払ったりする事は無くナルトの行動を見守っている。しかし、ナルトが左手の薬指に嵌めたものがシンプルなシルバーリングだと解るや否や、美しい黒曜石を驚きに見開く。その様子を目の当たりにすると、まるで悪戯が成功した子供のようにナルトの胸は躍った。声も出せず、咄嗟に行動を起こせないくらいにサスケを驚かすなんて、滅多に出来る事では無い。
「結婚してください」
サスケが口を挟む暇を与えないように言葉を紡ぐ。力強く、はっきりと。揺るがない意思を宿した瞳で、ただサスケだけを見つめた。サスケは驚いた表情も綺麗だと、どこか他人事のように呑気な事を考えてしまうくらいには、ナルトの心は落ち着いていた。
「…俺の、家族になって。サスケ」
指に嵌められたシルバーリングの存在だけでも今までに見た事が無いくらい驚いているサスケに、焦らず静かに、それでいて畳みかけるように思いを告げた。冷静だった筈なのに、大事な事を言おうとすると頭がパンクしそうになる程急に再び緊張感が押し寄せて来る感覚に胸が潰れそうになる。喉がつまりそうなくらい程苦しいのに耐え、直ぐに返事がほしいのをぐっと堪えて、根気強く返事を待った。
驚きに見開かれたサスケの瞳が動揺に揺れ、段々と頬に朱が差していく。永遠に感じられそうな程長い沈黙の間に、頬だけでは無く、目元や耳まで赤くなる彼の様子をただ黙ってじっと見つめていると、やっと事態をのみこむ事が出来たらしいサスケに睨みつけられた。何か文句を言われるか、もしくは悪態を吐かれるかと思ったが、未だ沈黙は破られないままに再び時間が過ぎていく。ナルトを睨みつけてくるサスケの瞳は、驚きのせいなのか、もしくは戸惑っているのか、光を湛えて揺れていた。漆黒の瞳が、濡れている。
「……ウスラトンカチ……」
たっぷり数分間は押し黙っていたサスケは、視線をあちこちにさまよわせながら掠れた声でただ一言そう呟いた。それから、何か言おうとしたのか口を開きかけ、また閉じて、暫く沈黙した後にやっと、蚊の鳴くような声で、宜しく頼む、とそれだけ言って頭を下げた。その間、ナルトはずっと言葉を発せずただサスケの返事を待っていた。
元より、断られるなどとは思っていなかった。そのくらい、ナルトにとってサスケは唯一で、またサスケにとってのナルトもそうであると確信していた。しかし、世間体をというよりはナルトの体面を気にしてくれるサスケは、恋人という関係を終わりにする事に少なからず不満を抱くとも思っていたのだ。だからこそ、何も言わずに受け入れてくれた事に驚くと同時に、どうしようも無い嬉しさが込み上げる。
やった。これでやっと、サスケと家族になれるんだ。
そう思ったら胸が熱くなって、みるみるうちに視界が滲んでいった。ありがとう、だとか、好き、だとか、滅多に使う言葉では無いけれど、愛してる、だとか。一瞬のうちに頭に沢山の言葉が浮かんだが、結局そのうちのどれも言葉に出来ず、代わりにきつくサスケの身体を抱き締める。鼻腔をくすぐるサスケの匂いに、言い知れぬ安堵を感じた。
「…こちらこそ、……よろしく……」
せっかく精一杯格好をつけたというのに、返事を紡ぐ声が微かに震えていた事は容赦願いたい。ゆっくりと背に回されたサスケの手がきつく服を掴む感触が伝わって、思わず涙が零れた。プロポーズの時くらい格好良く決めるつもりだったというのに、なんというざまだ。明日から里長になるというのに、涙腺が弱いのはまだ当分直りそうにない。抱き合った体勢のままでサスケに見られなかった事が救いだった。
同じ日にふたつも夢が叶うなんて、それこそ、夢のようだ。
喜びを噛みしめる胸中だけでそっと呟く。今日でなければ、今夜でなければ、意味が無かった。火影になる前に、気が遠くなりそうなくらいの責任を背負う前に、サスケだけの伴侶になりたかったのだ。
かつての恋人を、家族を抱き締める両腕に力がこもる。好きだ、愛している、大切だ。想いを伝える言葉はいくらでもあるというのに、そのどれもナルトがサスケに抱く思いを正確に言い表す事など出来はしない。
薄暗い室内で、互いに一言も発せず抱き合ったまま時間が過ぎていく。このまま時が止まってしまえばなどと願う性分では無いが、この瞬間を切り取る事が出来れば良いのにと考えるくらいには幸福で満たされていた。
今日から、この瞬間から、サスケと家族になるのだ。そして、陽が昇る頃には幼い頃からの夢が現実となる。
「…ありがとう、サスケ…」
その事実を噛みしめながら、精一杯の思いと感謝を言葉にすると、情けないくらいに声が掠れて震えていた。しかし構わない。サスケが額を乗せている左肩が熱く湿っていく感触に、彼が泣いているのだと知ったから。もう暫くはこうしていよう。互いの泣き顔を見る事が無いように。