幸せな食卓


※リーマン×リーマン。24歳、夏。
 「遠距離バースデー」続編です。



「ただいま、サスケ!!」

 会社から帰宅したサスケに飛びつかんばかりの勢いで告げるナルトは、短いとは言い難い出張から戻ったにしてはすこぶる元気だった。

「ただいま、……おかえり」

 玄関先でスーツのままの状態で抱きつくなど以ての外だ。普段であれば皺になると怒鳴りつけるところであったが、今日くらいは大目に見てやろうと特に小言は言わずサスケも対になる挨拶を返す。怒られないと解るや否やきつく抱き締め頬擦りしてくる恋人を愛しく感じてしまうくらいには、最早サスケにとってナルトの居ない生活は物足りなくなっているのだ。本人に告げる事は無いけれど。

「おう。サスケもおかえり」

 満面の笑みで告げられ、抱き締められたまま頬や目元に唇を押しあてられる。その行為自体は甘受しながらも、ナルトの柔らかな唇が自身のそれに触れないようにサスケは注意を払った。唇同士でキスしてしまうと、そのまま本気になりかねないからだ。そんな風に考えてしまう辺り、もしかするとナルト以上にサスケの方が意識してしまっているのかもしれない。
 そんな心配をよそに、ひとしきり甘えると満足したらしいナルトはサスケの手から鞄を取り上げると着替えてくるように促した。早目の飛行機で帰って来た恋人はアパートに戻る途中にある贔屓の屋台で遅めの昼飯代わりにラーメンを食べ、既に風呂も済ませたらしい。夕食をどうするつもりなのか訊ねると、何か軽く食べるという返事と共に、サスケが風呂から上がったら話そうぜ、と付け足したナルトはどこかそわそわした様子を見せていた。
 ナルトに鞄とネクタイ、上着を手渡して浴室へ向かう途中に居間を一瞥すると、まだ中身を出していないのであろう紙袋やバッグが置きっぱなしになっている。大量のインスタント御当地麺を買い込んできやしないだろうかと心配していたのだが、思っていたよりも荷物は少な目に見えた。
 着替えとタオルは用意しておく、という恋人の言葉に甘えて熱めのシャワーを頭から被ると、一日座りっぱなしで凝り固まった筋肉が解れていくような気がして心地良い。ほぼ毎日デスクワークのサスケは就職してから、というより高校を卒業してからあまり運動する機会も無く、筋肉の凝りを感じる度にナルトのマッサージの世話になっていた。流石に出張から帰って来たばかりの恋人にマッサージを強要する程自分勝手では無かったが、近々指圧して貰おうと画策しつつ浴室を後にする。
 タオルでおざなりに髪を拭いながら居間へ足を踏み入れたサスケは、ナルトが旅行用鞄の中身を整理している様子を眺め、折角だから恋人が買い込んで来たのだろう御当地もののインスタントラーメンを夕食にする事を提案した。ナルトも軽く済ませたいと言っていたしサスケ自身も少し興味を惹かれての事だったのだが、言ってしまってから恋人が昼に一楽のラーメンを食べたと言っていた事を思い出しすぐに発言を取り消す。いくらナルトの好物がラーメンでも、出張先でも食べたのだろうし、帰って来てまで昼も夜もラーメンというのは流石にどうかと考えたのだ。

「え、なんで!?別にいいって、サスケがいいならラーメンにしようぜ。いっぱいあるし」

 そう言いながら旅行用鞄を広げて見せるナルトに促されるように鞄の中へ眼差しを注げば、成る程、袋だったり箱だったり、カップだったりする様々な種類のインスタントラーメンが大量におさまっていた。それも、より沢山入るようにとの意図が明確に伝わるくらいに整然とスペースを無駄にせずおさまっている。何度言っても普段は鞄の中の整理整頓などしない癖に、こういう時ばかり要領が良い事に嫌味のひとつでもいってやろうかと一旦は口を開きかけたものの、返事を待つナルトの表情が期待に満ち溢れていて、悪態を吐く気すらも失せてしまった。恋人のこういうところが狡いのだと日頃から思っているものの、結局絆されてしまうのは惚れた弱みでどうしようも無い。
 結局ナルトにお勧めを見繕って貰い、夕食は二人揃ってインスタントラーメンにする事に決めたサスケは、せめて野菜を摂らせようとナルトが鼻歌交じりにラーメンを作っている間に冷蔵庫にあった野菜を適当に刻んだ。最初は出来上がったラーメンに有無を言わさず乗せてやろうと目論んでいたのだが、そんな事をすれば野菜の含む水分でスープの濃さが変わってしまうと反対され、今回ばかりは大人しく引き下がった。スーパーやコンビニなどどこでも買えるものならともかく、わざわざ遠方で買ったものであるだけに恋人の主張を尊重してやる事にする。それでも、ラーメンの上に乗せる代わりにドレッシングをかけ普通にサラダになった野菜をきちんと食べるよう念押しする事は忘れなかった。
 普通のインスタント麺より少々値が張る土産物だけあって、ラーメンの味はサスケの予想を随分上回った。スープが幾分濃い気はしたものの、サラダと交互に食べれば丁度良く感じられてこってりした味付けにも関わらず食は進む。そんなサスケの様子を見て安心したらしいナルトは、自分もラーメンに手を付け嬉々とした表情で麺を啜り始めた。

「…お前、良くそんなにラーメンばっか食えるな…」

「…?…だって好きなもんだし、それに全部味違うから飽きねえってばよ」

 サスケの質問が理解出来無いとでも言わんばかりに不思議そうな表情で首を傾けるナルトに、サスケは思わず溜め息を吐く。勿論、サスケにも好きなものくらいあるし、トマトだって品種によって味は様々だ。しかし、だからと言って、品種の違うトマトを毎食メインで食べたいと思うかというと、決してそういう訳では無い。
 サスケのそんな思考をよそに、ナルトは粗方麺を胃におさめてしまうと出張先での出来事を話し始めた。見に行った観光地の感想、ラーメンや屋台など食べ物の話、たった数日仕事で訪れただけでもだいぶ楽しめたらしく、青い瞳が子供のように輝いている。サスケは淡々と麺を啜りながらナルトの話に耳を傾け、やや素っ気ない相槌を打ちながらも数日ぶりに耳にする恋人の弾んだ声に心地良さを覚えていた。

「だからさ、観るとこいっぱいあるみてーだし、食い物もウマイしさ、今度は二人で行こうぜ。車の運転なら俺がするし。夜景がキレーで有名なとこもあるんだって」

「…別に俺は特別夜景とか観光地が好きって訳じゃねえぞ」

「俺が見たいから付き合ってくれってばよ。キレーなもんは一緒に見てえし、ウマイもんは一緒に食いてーし、楽しい事は一緒にしてーの!サスケと!」

 盛り上がっているナルトの機嫌を損ねかねないような愛想の欠片も無い言葉を返しても、サスケのつれない態度などすっかり慣れっこになってしまっているナルトはそれを意にも介さずサスケの両手を握り真っ直ぐに見つめてきた。その懸命で打算の無い姿に、ついいつものように絆されそうになってしまう。

「……勝手にしろ。…まず、お前が連休を確保出来ればの話だがな」

 実のところ、ナルトの話を聞き、楽しげな様子を目の当たりにして、その出張先とやらに旅行に行くのも悪くないと思う程度にはサスケも興味が湧いていた。しかし、遠出するとなると問題はサスケの心持ち云々よりもナルトのスケジュール調整なのだ。
 サスケの業務は主に設計で、締め切りはあるものの予めスケジュールが決まっている為予定が立て易い。たまには依頼主の都合で急遽締切が短くなったり、あるいは伸びたり、中間報告を出せとせっつかれる事も無い訳では無かったものの、それはあくまでイレギュラーな事項であって、大抵は予定通りの納期におさめればそれで事は済む。よって休みもしくは連休でもとろうと思えば、その分残業でも何でもして仕事を進めておけば問題無かった。自分が一日にどれだけの量をこなせるかは入社して暫くすれば把握出来る。
 しかし、ナルトはそういう訳にはいかない。決して営業だけという訳では無いが、営業がメインのような仕事をこなすナルトにとって、急に人と合わなければならなくなる事は多々あった。日々の業務中であれば時間調整で事足りるのだが、休みを取るとなると話は別だ。酷い時には、一度か二度、休日に電話がかかってきて呼び出された事もあるくらいだった。
 それ自体はサスケにとって面白く無い出来事ではあるが、ナルトはどうやら社内外で評判がやけに良いらしい。社内でもナルトを買っている上司は多いようだし、取引先でもやたら気に入られる傾向にあるようだ。そんな話を耳に挟んだサスケがそれとなく本人に訊ねてみれば、一生懸命やってはいるものの特にお世辞を言ったり媚びたりしている訳では無いとの言葉が返ってきた。そういうやり方もあるんだろうけど、俺苦手だし、思ってもねえこと言うのも大変だしな、とはナルトの談である。いくら仕事だと割り切っても生来の性格が変わる訳では無し、ナルトが営業している姿こそサスケは目にした事が無かったが、実際に見なくとも容易に想像出来た。

「今すぐで無ければ大丈夫だろ。せっかくだったら連休とって長く行きてえよな。夏も見どころあるらしいし、冬行って雪まつり見るのも楽しそうだし」

「……寒いのは苦手だ」

「知ってるってばよ。つうかお前、暑いのも苦手だろ。…まあでも、一回くらいいいじゃねえの、カイロ貼ってめちゃくちゃ着込んでいけばいいしさ。テレビでしか見たことねえから見てみてえんだよなー、雪まつり」

「……まあ、だから、お前の休みが確保出来てからの話だろ」

 正直積雪が何十センチというような土地にわざわざ出向くのはサスケとしては出来れば避けたいところだったが、帰って来たばかりで気分が高揚しているのだろう今の恋人には何を言っても反論されそうに思え、それとなく話題を変える事で事をおさめようと誘導する。正論だっただけあって、ナルトは機会を見て会社に掛け合ってみる、とだけ答えるとやっと口を閉ざした。
 再び言葉にすればまた際限無く土産話が始まりそうで口には出さないものの、どうやら出張を大層楽しんだ様子であるナルトの様子に、知らず知らずのうちに頬が緩む。サスケはそういう訳では無いものの、フットワークの軽いナルトはあちこち出掛けて休暇を楽しむのが好きなのだ。今は互いに仕事が忙しく、主にナルトが連休を取る事が難しい為、出張で楽しめたのなら良かったと素直に考えて席を立つ。それに続いたナルトが持っていた空の器も引き受けて、後片付けを申し出たサスケは台所へ入った。



 翌日出社を控えた恋人を出来るだけ早く寝かせてやろうと後片付けを引き受けたにも関わらず、サスケが寝室に入るとベッドに寝っ転がったナルトは週刊の漫画雑誌を広げていた。どうやら明日の準備は済ませたらしく、いつも使っている鞄の横に社員への土産が入っているらしい紙袋が置いてある。
 早く寝ろと一瞬口を開きかけるが帰って来たばかりの恋人にあまり小言めいた事ばかり言うのも躊躇われて、結局ちいさく息を吐いただけで喉まで出掛かった言葉は呑みこんだ。サスケの姿を認めるなり身体を横にずらしスペースを空けた恋人の隣に身を横たえると、まるでサスケがそうするのを待っていたと言わんばかりに漫画雑誌を床に落とすように置いたナルトが覆い被さって来る。

「……明日出社するんだろ」

「ヒコーキの中で寝たから大丈夫!体力有り余ってるくらいだってばよ。それより、サスケ不足のが深刻なんですけど」

 照れくささから期待に満ちている青い瞳を直視出来ずに呟けば、断られるなどとは微塵も考えていなさそうな弾んだ声に閉口するしか無かった。全く、質が悪い。何がって、求められている事を内心喜んでいる自分自身がだ。

「……相変わらずスタミナバカだな」

「褒めてくれてサンキュー」

 久しぶりに触れるナルトの体温と、耳元で鼓膜を震わせる心地の良い声にあてられて、駆け引きなど楽しめそうに無いのはサスケの方だった。それでも何となく悔しくて、観念した印に恋人の首に腕を回しながら悪態を吐く事は忘れない。褒めてない、という反論は、触れてきたナルトの唇のせいで言葉にはならなかった。



「……?」

 それから数日後、ナルトより一足先に帰宅したサスケはポストの中に不在票が入っているのを目にして、その薄っぺらい紙切れを摘み上げると矯めつ眇めつ視線を走らせた。
 郵便ならばともかく、二人が住むアパートに宅配便など滅多に来ない。まれに何か通販を利用する事があれば時間指定を利用して夜に届くように手配する為、不在票がポストに入っている事は珍しかった。
 それを不思議に思いながらも、帰りにスーパーで買った牛乳パックの入ったビニール袋を携えていたサスケは玄関先にそれを置くと取り敢えずは台所へ向かった。夕方とは言えやはり夏場の気温は高い。早く冷蔵庫にしまわなければ悪くなってしまうだろう。

「ただいまー」

 買って来たものをしまい終え寝室で着替えていると、聞き慣れた声が耳に届き恋人の帰宅を知らせる。ラフな部屋着に袖を通してから脱いだシャツを拾い上げ、洗濯するものをまとめて抱えたサスケは寝室から顔を出し、玄関まで届くように多少声を張った。

「不在票がポストに入ってたからそこに置いてあるぞ」

「えっ!?ウソ、マジ!?」

 汚れ物を洗濯機に放り込み、恋人にもそうするように念を押そうと口を開いたものの、いくら珍しいとは言えたかが不在票で顔色を変えたナルトが頓狂な声を上げた為、舌に乗せかけた言葉は発する前に消えてしまった。
 営業で必要になるとはいえやはり暑かったのだろう、脱いだジャケットを腕にかけ、鞄を持ったまま居間へ足を踏み入れかけていたナルトはサスケの言葉を耳にするなりそのままの状態で玄関へ戻る。不在票を見つけた時は何か通販でも頼んでいたのだろうかと考えていたサスケだったが、予想以上の反応に興味が湧き思わずナルトを追っていた。
 そんなに慌てる程の代物なのかと考えて無意識のうちに眉間に皺が寄る。いくらナルトの給料で購入しても置く場所は二人の共同スペースになるのだ。もしくは、場所はとらずともあまりに下らないものであれば、購入したものとその理由によっては文句を言うつもりでサスケはナルトの手の中にある不在票に書いてある文字を読み取ろうと覗き込んだ。
 しかし、一般的に不在票に荷物の内容は書かれていない。直接訊ねた方が早いかと視線を不在票から恋人に移せば、ナルトは丁度記されている番号に電話をかけようとしているところだった。

「あっぶねえ、ギリギリ。あと十分で今日の受け取り出来なくなるところだったってばよ…」

「そんなに急ぐのか?」

「あー…、……うん…。…あ、すみません、不在票がポストに入ってたんですけど――」

 ナルトの反応から中身を言い渋っている感じが見えてとれ、やはりろくでもないものでも注文したのではないかと追及しようとしたところでナルトが宅配業者と話し始めてしまった為、サスケは無言のまま引き下がった。そのまま台所へ入り、夕食の準備に取り掛かる。
 お互いに働いている為、夕食の準備や家事は全て当番制になっている。扱いのぞんざいさからナルトが適さない洗濯はサスケ、主に掃除はナルトが担当と自然な流れで決まった。料理はナルトの方が圧倒的に得意ではあったものの、掃除や洗濯と違い毎日の事である料理をどちらか一方に任せるのは負担が大きい為、一応半々程度の振り分けになっている。
 当番と言っても、どうしても料理をしなければならないという訳では無い。惣菜を買って帰って温めても構わないし、自腹になるが弁当屋で買ったって良い。帰りの時間の都合さえ合えば、どこか食べに行くという選択もアリだという事になっている。現状としては、当番である日数のうち半分程度は簡単にでも構わないので自分で何か作るという暗黙の了解が出来ていた。
 結局、電話を終えたナルトは夕食当番で無いのを良い事にそのまま風呂へ直行したようで、サスケは荷物の中身を気に掛けたままフライパンを火にかける事になった。最近は便利になったもので、レトルトも種類豊富に揃っているが、レトルトの一歩手前のような商品もやたら品揃えが良い傾向にある。俗にいう、一品か二品足せば作れる系のアレだ。完全に出来合いの冷凍食品やレトルト、惣菜よりも多少手間はかかるものの、不足しがちな野菜を好きなだけ入れられるところと、味付けのし直しが出来るところがサスケは気に入っていた。好みの味付けに変えられる上、基本の味付けは既にされているのだから失敗する心配が少ない。そういった融通が利く点では、出来合いの総菜やレトルトよりも商品としてよほど優秀だとサスケは思っている。
 今日は何となく中華が食べたくて、キャベツを入れるだけの八宝菜か、ピーマンを入れるだけの青椒肉絲か、ナスを入れるだけの麻婆茄子か迷って結局青椒肉絲を手に取った。どれにするか悩んだ事を明かせばナルトは麻婆茄子あたりを食べたがりそうではあったが、いちいち恋人の希望を聞き入れていては偏った食事になってしまう。
 細切りにするところをわざと太めに切ったピーマンを軽く炒め、袋の中身をひっくり返す。食感を残す為ピーマンは火が通り過ぎないように、というのは、本棚にあった古い料理本に書いてあった知識である。
 もう何年も前にナルトが読み込んだのだろうその本には至る所に「もう少し味薄めの方がサスケの好み」だとか、「トマト入れてもいいかも」などとメモが残されており、しょっちゅう開くのは照れくさくて躊躇われる。ナルトのように、とまではいかなくとも、料理には全く自信の無かったサスケが、本でも読めば少しでもマシなものを作る事が出来るようになるかもしれないと何気無く手を伸ばして、最初に見た時はまず嬉しさよりも見てはいけないものを見てしまったような後悔の念に襲われたものだった。まるでナルトがつけている日記でも読んだような気分になってしまい、それ以来あまり開かないようにしている。
 本棚の端にひっそりと立てられているそれは、しかし目にするだけでナルトからの愛情が伝わってくるようで胸があたたまる存在で、時々思い出したようにその背表紙を眺めるだけで満たされていた。




 夕食の準備がそろそろ出来るだろうという頃、タイミング良く風呂上がりのナルトが居間へ姿を現した。いくら暑いからと言ってもちゃんと服を着てから来いと言っているにも関わらず、肩にタオルをかけているだけで上半身には何も身に着けていない。そのままの姿で台所へ入り牛乳を紙パックのまま傾けようとする恋人の行動を注意する為口を開きかければ、残り少ないから飲んでしまって捨てるという言い訳のような理由を先に言われ、面白くなくて口を閉ざした。
 喉を鳴らしてパックのまま牛乳を飲むナルトの体躯は学生の頃とすると幾分逞しくなったように感じられ、明るい電気の下で目の当たりにするには照れが先に立つ。今更恋人の裸など見慣れているけれど、肌を合わせた翌日や、逆に久しく触れていない時にはどうにも意識してしまう。そんな自分の思考の方が下世話な気がして、恋人の方をなるべく見ないよう青椒肉絲をフライパンから皿に移しながら、ナルトに炊きあがっている筈の白米をよそうよう指示を出した。
 夕食の献立に文句を言うかと思いきや、意外と何も言わず食卓についたナルトは何だかそわそわと落ち着かなく見える。どうしたのか問い質そうと口を開きかけ、ナルトの視線がちらちらと玄関の方を窺っている事に気づいた。成る程、先刻電話した宅配便を待っているのか、サスケがそう考えを巡らせたちょうどその時に玄関のインターホンが鳴る。

「お、俺、ちょっと出てくる!」

 いち早くガタンと音を立てて立ち上がったナルトは、サスケの返事も聞かず玄関へ駆け出した。何を頼んだのか知らないが、普段ならサスケが夕食の準備をすればそれがどんなに手抜きでも喜んでくれるナルトの意識がすっかり宅配便に奪われている事が面白く無い。
 確かに今日は恋人の好む献立では無いかもしれないが、これでも添えるつもりだったサラダは諦めたのだ。それは恋人の好き嫌いに考慮しての事では無く、単にサラダに使用する新鮮な野菜を切らしていただけの理由だったけれども。
 恋人が配達員に礼を言う声が耳に届き、続いて玄関の扉が閉まった音がするのを待ってから、サスケは席を立った。宅配業者がインターホンを鳴らしたのが食前の挨拶をする直前のタイミングだった為、テーブルの上で湯気をたてる食事はまだ手つかずのままだったが、夏場なら少々食べ始めるのが遅くなってもすぐに冷えてしまったりはしないだろう。それよりも、ナルトが何を届けて貰ったのかの方が余程気になった。

「あ、サスケ。先食べてても良かったのに。まあいいや、ちょっと見てくれってばよ」

 サスケが居間を出ようとしたところでいそいそと段ボール箱を抱えて来たナルトと鉢合わせ、両手が塞がっているナルトに道を譲る形でサスケは後退し再び居間へと戻った。居間へ足を踏み入れたナルトが床に下ろした段ボール箱は良く見る至って普通のサイズだったが、品物の大きさが問題なのでは無い。もし下らない物を勝手に購入したのなら、もう既に届いてしまった物は別として、今後の為に話し合わねばならない。
 派手な音をたてて段ボール箱に貼られていたガムテープを剥がす上機嫌なナルトとは反対に、サスケが眉を吊り上げ口を開こうとした時、ふと恋人の手元に向けた視線の先に並んでいた文字に目が留まった。

「……農園?」

「そうそう。うわ、俺が頼んだよりもトマトたくさん入ってる気がする!サスケが好きだって話したからサービスしてくれたのかなぁ」

 トマトという言葉につられるようにして伝票に記載されている送り主欄を見るつもりでしゃがみこめば、箱の中を覗き込んでいたナルトが満面の笑みで顔を上げる。その右手には赤く熟れた小さめのトマトが握られていて、予想外の展開に面食らったサスケは目を丸くした。

「泊まってるホテルの近くに野菜が旨いって評判の農家があるって、飲み会で教えてもらってさ。時間見つけて行ってみたらホントにすげえ旨そうだったから、サスケにお土産にしようと思って届けてもらえるように頼んだんだってばよ」

 得意げに捲し立てるナルトが、サスケにも中身が良く見えるよう開いた段ボール箱の位置をずらす。興味をそそられるままに覗きこめば、中には色とりどりの新鮮そうな野菜がぎっしりと詰まっていた。大小数種類のトマトを始め、いんげん、アスパラ、かぼちゃ、じゃがいもと北海道産で有名な野菜ばかりで、どれも色つやや形が良くお世辞抜きに美味しそうに見える。

「トマトも俺じゃよくわかんねえくらい種類があってさ、特にこのフルーツトマトってのが甘くておいしいって有名なんだって。俺も向こうで食わせてもらったけど、こっちのスーパーで買うのとホント全然味違ってびっくりしたってばよ」

 右手に持っていたトマトをサスケの手に握らせながら饒舌に喋っていたナルトは、サスケ越しに食事の乗ったテーブルが目に入ったらしく、悪ィ、晩飯の最中だったよなと素直に謝罪して立ち上がった。そのまま食事を再開するつもりらしくナルトに軽く肩を叩かれ促されるものの、すっかり彼に文句を言うつもりだったサスケは湧き上がる罪悪感にすぐには反応する事が出来無い。実際にはまだ口に出す前だったものの抱いた気持ちに嘘はつけず、サスケの態度に不思議そうな表情を浮かべるナルトの顔は見ないまま口を開いた。

「ちょうどいい。今からサラダ作るぞ」

「えっ、今から!?んな事言ったって、サスケがせっかく作ってくれたおかずが冷えちまうだろ」

「暑いんだから大丈夫だ。サラダなんて野菜切るだけなんだし、二人でやればすぐだろ」

「そりゃそうかもしれねえけど……」

 言いながら箱の中を探りトマトを何種類か手に取り、返事は待たず台所へ入れば、ナルトは納得いかなさそうな顔をしながらも後をついてきた。サスケが包丁とまな板を作業台においてトマトを洗い始めると、何も言わずともナルトが普段サラダ用に使っているガラスボウルを食器棚から出して来る。その横顔をちらりと窺えば、用意した食事を放ってまでサスケが土産に興味を示した事が嬉しいのか、機嫌が良さそうに口元が弧を描いていた。
 その様子に安堵したところで、サスケはやっとまだ自分が礼の一言も述べていない事に気がついて、包丁を持った右手を動かしながら頭に浮かんだシンプルな言葉で謝意を表そうと口を開く。選んだ言葉は飾り気など無く、言い方も素っ気無かったものの、包丁がまな板にぶつかる音に混じって空気を震わせたサスケの言葉は、ナルトを喜ばせるには十分なようだった。
 農家から届けられた箱の中におさまっていた野菜の中で生ですぐに食べられそうなものはトマトだけだった為、数種類のそれをくし切りにするだけのサラダはすぐに完成した。
 おかずが冷えるから片付けは後にしようと言うナルトに急かされるようにして、ガラスボウルをテーブルの上へ運ぶ。両手を合わせる前に青椒肉絲をひと口つまみぐいしたナルトが、まだ冷えてない、と安心したように呟く様子に思わず小さく笑いが漏れた。
 食前の挨拶を終えたサスケは、自身の作ったものよりも先にトマトに箸を伸ばす。少し迷ってナルトが有名だと言っていた、他のものよりサイズが小さいフルーツトマトを選んだ。頬張ってゆっくり咀嚼すれば、確かに普段スーパーで買う普通のトマトよりも強い甘みが口の中に広がる。強い甘みと言ってもサスケが苦手な類のものでは無く、その名にぴったりな果物の香りや味を思わせる爽やかな甘さで、普通のトマトとの味の差に驚くしか無い。

「…………美味い」

 爽やかな甘さがあるだけでは無く、トマト特有の酸味もきちんと感じる事が出来た。変に甘みだけが際立った味では無いことに感動を覚えたサスケの口から素直な感想が漏れ、それを耳にしたナルトが安堵したように息を吐く。

「よかった……、普通のと変わらねえって言われたらどうしようかと思った」

「全然違うぞ。……ほら」

「知ってるって。トマト、っつうか野菜好きなのはサスケで、俺は苦手だからって言ったんだけどさ。それでもコレは旨いから食ってみろって農家のおっちゃんにすっげえしつこく言われて、向こうで食わされたんだってば」

 安心したらしいナルトがやっと食事に手をつけるのを眺めていたサスケが、サラダボウルからフルーツトマトを一切れ箸で摘んで差し出せば、言い訳のように捲し立てたナルトは僅かな沈黙の後に素直にそれを口にした。普通のトマトが未だ苦手だというナルトのようなお子様舌の持ち主でも、これならば食べられるだろうと思える程の味だと感じた事もあって、サスケは恋人の感想を心待ちにしながら今度は違う種類のトマトを口に運ぶ。

「……うん、…いや、だから、…あのさ…。ウマイんだろうけど、……サスケにあーんしてもらったら、味わかんなくなっちまった」

 てっきり彼の口からも満足いく感想が聞けるものと半ば決めつけてトマトの味を楽しんでいたサスケは、あまり良く噛みもせずに喉を鳴らしてトマトを飲み込んでしまったナルトの発言に一瞬固まった。

「……っ、…………馬鹿じゃねえのか、お前」

「そうかも」

 一緒に暮らし始めてもうそれなりに時間が経つというのに、未だに付き合いたてのような事を言い出すナルトにつられてサスケまで頬が熱くなるのを感じ、それを誤魔化すように炊きたての白米を頬張る。それを咀嚼する事で気まずい時間をやり過ごそうと考えて口を閉ざした。しかし、当のナルトはあまり気にしていないらしく、幸せそうにだらしない笑みを浮かべると青椒肉絲を口に運び、ピーマン入ってんのにあんまり苦くねえ、などと驚いている。
 ナルトの言葉は聞こえない振りをしながら、サスケもおかずの皿から適当に箸で摘んだ量を口に入れた。浮かれている恋人はまだ味覚が戻っていないらしい。何故なら、食感を残す為に火を通しすぎないよう注意したピーマンの苦みが薄い筈が無いからだ。
 サスケが大学を卒業した春から同居を始めた為、ナルトと生活を共にするようになってもう二年以上が経過した事になる。その前の四年間はいわゆる遠距離恋愛というやつをしていた訳だが、そもそもナルトとは高校生まで幼馴染で育ったのだ。二十四にもなって、こんな風に一喜一憂して小さな事ではしゃぐナルトの気持ちが、サスケには理解出来無い。
 否、理解出来無い事にして、自分は彼とは違うのだと思うようにしていた。そうで無ければ、何気無く過ごす筈の日常が幸せに溢れ過ぎていて、ナルトの一挙手一投足に振り回されてしまう事は目に見えている。そうなれば、おちおち自宅で寛ぐ事すら出来やしない。

「…それにしても、こんなに違うもんだとは思わなかった」

 ナルトの様子が落ち着くのを待って呟けば、嫌いな筈のピーマンが入った青椒肉絲を文句ひとつ言わず食べ進めていたナルトが不思議そうに視線を上げた。しかしすぐに意味を察したらしく、顔を綻ばせて照れくさそうに笑みを浮かべる。

「だろー?俺もびっくりしたんだって。まあ、気に入ってもらえて良かったってばよ」

「…………将来は向こうに住むか」

「ええっ!?」

 単純な恋人はサスケの言葉ですぐに上機嫌になる。しかし、何気無く漏らした一言には流石に驚いたらしく、声が上がると同時に食事を進める手が止まった。
 ナルトはどこか強引なところがある割りに、随分サスケの意見に翻弄され易かったりするから見ていて飽きない。くく、と思わず漏れる笑いを隠しもせずに冗談だと付け足せば、固まったまま幾度か瞬きをしたナルトは溜め息を吐き出してから安心したように食事を再開した。

「なんだよ、本気かと思ったじゃねえの……。サスケさ、昔からそうだけど、お前冗談か本気かわかんねえ事が多すぎなんだってば」

「これだけ長い付き合いなのに解らないのか?」

「だって、すげえ真顔で言うんだもん。わかんねえって」

「お前の愛もまだまだだな」

「……だから、そういうのが本気か冗談かわかんねえんだって言ってんだろ」

「精進するんだな」

 ナルトから向けられる非難のこもった眼差しに気付かない振りをしつつ、淡々とした口調を崩さず言葉を続ければ、反論を諦めたらしいナルトがフルーツトマトを一切れ差し出して来る。試されているのだと解り、当たり前のようにそれを食べて見せたサスケは、敢えて何でも無い風を装って冷たい麦茶が入っているコップを手に取った。

「そんなに気に入ってくれたんならさ、マジで考えといてくれってばよ。旅行」

 サスケの性格から、同じ事をやり返せば拒否するか照れると踏んでいたらしいナルトは、あてが外れた事が余程悔しいのか面白く無さそうに唇を尖らせて呟く。それでも旅行は諦めていない辺り、出張先が相当気に入ったらしいと見えて、子供っぽいその態度にサスケは密かに口元を緩めた。

「夏に涼みに行くのは良さそうだな。冬は余計に寒そうだが」

 ナルトがそこまで言うのならば、サスケとしてもやぶさかでは無い。先程よりも少しばかり柔らかな口調で告げれば、ナルトは現金にもすぐさま表情を明るくして身を乗り出して来た。

「ホント!?」

「……いつかな」

「なんだよ、思わせぶりな言い方しやがって」

「休みが取れて、計画と手配を全てお前がやるなら俺は一週間後でもいいぜ?」

 サスケの為を思って、わざわざ土産を宅配する手続きまでしてくれた恋人をあまりからかうのもかわいそうになり、皿の中身を空にしたサスケは両手を合わせ食後の挨拶を終えてから呟く。その言葉が余程ニしかったのか、勢い良く立ち上がったナルトが右手をテーブルにつき先程よりも随分と顔をサスケに寄せる形で身を乗り出して来た。

「ホントだな!?」

「ああ」

「言ったからな、覚えとけよ!」

 そこでやっとサスケが食事を終えた事に気づいたナルトは、念を押すように指をさして強い口調で告げると自分の皿にほんの少し残っていた白飯とおかずを掻き込み始める。ものの数秒で中身を空にし、まだ口いっぱいに頬張った状態ながらも両手を合わせてきちんと食後の挨拶を済ませるなり食器を纏めて慌ただしく立ち上がった。
 特に何も無い限り、片づけは二人で行うのが習慣になっている。コップの底に残っていた冷たい麦茶を喉に流し込んだサスケは、自分の分の皿を重ねて抱えるとやけに慌てている様子のナルトを追って台所へ入った。普段ならばサスケが食器を洗い、綺麗になったものの水気をナルトが布巾で拭って食器棚へ戻す。しかし今日は、何を慌てているのかナルトは既に食器洗剤をつけたスポンジを泡だてていた。

「何やってんだ、お前の洗い方じゃ汚れがちゃんと落ちねえだろ。貸せ」

 運んできた食器を流しに置いたサスケは、有無を言わせず泡だらけのスポンジを奪い取る。それにナルトが不満そうな表情を見せたのはほんの一瞬で、サスケが手際良く食器を洗い始めると大人しく乾いた布巾を手に取った。

「あっちは旨いもんがいっぱいあるからさ、何食うか考えただけでわくわくするよな。ラーメンに、海鮮に、有名なお菓子も沢山あるし」

「食いたいだけならネットで注文すりゃ良いだろ」

「わかってねえなぁ!本場で食うのがイチバン旨いに決まってんだろ」

 やけに上機嫌なナルトをからかってやりたくなりつい可愛げの無い言葉が口をついて出てしまっても、もう長い時間を共にしている恋人はそれくらいでは最早動じない。楽しそうにあれこれと旅先の予定を提案するナルトはもうすっかり旅行気分だ。
 確かに、あのトマトの採れたてを青空の下食べるのは気分が良さそうだ。気の早いナルトが翌日買って来た旅行雑誌の中から、件の農園を見つけ出したサスケが真っ先にそのページに付箋を貼りつけ、その様子を見たナルトが幸せそうに笑うほんの少しだけ先の未来を、今の二人はまだ知らない。