午前零時より降水確率100%


※リーマン×リーマン

親睦会という名の飲み会の帰り、何とか二次会への誘いを断ったナルトは、限り無く酔い潰れた状態に近いサスケに肩を貸す…というよりは、寝ぼけている恋人を半ば引き摺るようにして帰路についていた。

お互いが勤める建設コンサルタントは忙しい会社で残業も多い為、忘年会や新年会、歓迎会などといった定例行事以外に飲み会が開かれる事は少ない。毎日誰かが残業していて日付が変わるくらいの時間までどこかしらの電気が点いているような企業なのだ、しょっちゅう飲み歩いているのは暇な上司くらいのものである。しかし、繁盛期が落ち着けばごくたまに、違う課や支店の面子を集めた大きな親睦会が催される事もあった。



騒がしい場所があまり好きでは無いサスケは、流石に自分の歓迎会には出席したようだったが、それ以降のそういった催しからは足が遠のいていたようだ。ナルトの方は営業に近い業務をこなす事もあり、取引先など接待絡みの飲み会には必ず顔を出すようにしていたが、社内のものは定例行事を除けば出席率はそこそこといったところだった。
酒に弱いという程では無かったが正直強いと言える程飲める訳でも無かったし、酔うとすぐに顔に出てしまうタイプのナルトは、何度かそういう機会を重ねる度に学習し、今では長時間の飲み会でも飲み過ぎない、飲まされ過ぎない処世術を身に着けることに成功している。
ナルトとしては自分よりも更にアルコールに弱い恋人を飲み会に送り出すのは心配だった為、サスケがそういった誘いにあまり乗り気で無い事はむしろ喜ばしいと言って良い。しかし、時々は友好的な姿勢も見せておいた方がサスケの為だ。サスケの部署は接待など行わないので勿論どうしても出席しなければならないという事は無いが、それでも出席率が低すぎるのはなんとなく気になる。サスケにしては社内で割りと愛想良く振舞っているようだったからナルトがわざわざ気を揉む程の問題では無いのかもしれないが、サスケのようなタイプは敵も味方も作り易い。部下はともかく、同僚や上司にどう思われているかという事はとても重要だ。この先の彼の出世にも関わる。
と、ナルトが常々そんな心配をしていた矢先、珍しく、というより初めて、ナルトの所属している施工管理課とサスケの在籍する設計二課で合同飲みを開くという話が持ち上がった。それを聞いて、サスケが断るよりも先に、俺も一緒だから今回はOKしておけとアドバイスしたのは他ならぬナルトである。サスケが迷う素振りを見せたのは一瞬だけで、意外とあっさり頷いた事にナルトは安堵した。何もサスケは酒が嫌いな訳では無いのだ。自分と一緒ならば楽しめるかもしれない。



一緒、とは言っても同じ部署で無いにも関わらず露骨に隣に座るのは憚られ、結局当日の席はやや離れてしまった。
愛想が全く無いという訳では無いものの、人付き合いが良いとは言えないサスケに社内で馴れ馴れしく話しかけるのはナルトくらいのものだ。不思議がる同僚に高校生の時からの友達なのだと説明して納得はして貰ったものの、色々と突っ込まれるのも面倒なので社内での交流はそこそこに留めている。とは言っても、ナルトが我慢する必要もさほど無いくらいには、ナルトが属する課とサスケが属する課の関わり合いは少なかった。
サスケは酒にあまり強くない。弱い方だと言っても差し支え無いかもしれない。それなのに、困った事になかなか顔に出ないのだ。顔に出始めた時にはもう既に手遅れである場合が多いと言って良い。
お互い良い気分になれればそれで満足してしまう方だった為、サスケと酒を飲むと言っても、店で飲むにしろ家で飲むにしろ、あまり量を消費した経験が無いので、厳密に言うと酔っぱらったサスケがどういう行動に出るのかは解らなかった。しかし、一度キバやシカマル達など旧友と集まった際に、悪ノリしたキバに酒を注がれるままコップを傾けていたサスケがいきなり寝始めたという事があっただけに、用心しておいて損は無い。寝てしまうだけならば連れて帰れば済む事だが、それでもナルトはサスケの事が気がかりで仕方が無かった。
だからこそ気を付けてサスケの様子を窺っていたのだが、どうやらあまり喋りたく無いらしいサスケは近くの女子社員に酒を注がれるままにグラスを傾けていく。
自分が興味がある事以外にはどうにも無頓着になりがちなサスケが、グラスの中身を理解して飲んでいるとは考え難い。アルコール度数が高いか低いかだとか、洋酒か日本酒かだとか、そういう事を彼は気にしていないらしい。唯一好き嫌いがあるとすれば、甘口のカクテルやチューハイは好まないという事だけだ。
礼と解るかどうかくらいの微かな声で礼を述べてから酒の注がれたグラスをほぼ無言で傾けているサスケは、なるほど、なかなかにかっこいい、とオードブルをつつきながら暢気に考えてしまうあたりナルトの方も結構酔いが回ってきているのかもしれない。ほろ酔いくらいの自覚しか無かった頭がふわふわし始めて、ナルトは空になったグラスにビールを注ぎ足そうとしてくれている同僚に礼を述べた上でやんわりと断った。
タイミング良く一次会はお開きになるらしく、ナルトは会費を支払うと挨拶もそこそこにサスケの傍に歩み寄った。遠くからでは解り難かったが、頬に僅かに赤みが差している。それに、ぱっと見ただけで彼がぼんやりしているのが解って、ヤバイと手を取り席を立たせた。
サスケの財布から勝手に会費を支払って二次会を断れば、サスケ目当てで参加したのだろう女子社員に避難の声を浴びたものの、コイツ酒癖悪ィから、と適当に理由をつけて強引にサスケの手を引き騒がしい居酒屋を早々に後にした。
当のサスケはと言えば、うるせえ、まだ飲む、とぶつぶつと文句を呟いていたものの、お前みんなの前でカラオケとか歌えんのかよ、と問えば流石にそれは気が進まなかったらしくそれ以上ごねたりはしなかった。
ナルトがサスケを二次会に行かせたくない理由は、酔った恋人の姿を大勢に見られたく無い他にもある。女子社員の数が多ければそうならない可能性も高いが、テンションの上がった男共が二次会の会場として選ぶ店は、着飾った女の子が隣に座ってくれる店の確率がやたらと高いのだ。カラオケはついていたりついていなかったりと様々だが、まあ、これくらいの方便は許されるだろう。



そんな訳で、ナルトは半分寝ぼけたような状態のサスケに肩を貸してのんびりと自宅へ歩いていた。店を出た時にはタクシーを拾う気でいたのだが、運悪く近くのタクシー乗り場は綺麗に出払ってしまっており、おまけに数人が既に待っている様子で、時間がかかりそうに見えた。幸いアパートまでは歩いて帰る事が出来無い距離では無かったし、自分でも普段より飲んだ自覚があった為、酔い覚ましも兼ねて歩いて帰る事にしたのだ。
ほぼ同じ体格である、どころかサスケの方がほんの少しだけ背が高い為、酔いの回った恋人をしっかり支えて歩くのはだいぶ骨が折れたけれども、火照った身体には時折吹き抜ける夜風が孕む冷たさは心地良い。
人とぶつからないようにと出来るだけ注意を払ってはいたものの、サスケに肩を貸していてはどうやったって反応が鈍くなる。これまでも擦れ違う女性が肩に掛けているバッグに身体が掠ったり、同じように酔っ払いにぶつかりそうになったりして、その度にナルトはひやひやしていた。
こんな事ならやっぱり待ってでもタクシーを拾えば良かったかとも思うが、もう既に遅い。飲み会のあった居酒屋から自宅までの距離の三分の二を既に徒歩で進んでしまったのだ。今更タクシーに乗ろうだなんて、入社五年目とは言えど高卒の安月給の平社員が考えて良い事では無い。
しかし、ナルトは自分のこの思考をすぐに後悔する事になる。あ、と思った時にはもう既に遅かった。サスケと誰かの肩がぶつかったらしい衝撃に僅かによろけた後、体勢を整えつつスミマセン、と人好きのする笑顔で謝罪した相手は、明らかに関わらない方が良さそうなスキンヘッドの体格の良い男だったのだ。
あ、ヤベェ、と実際口に出していたのか定かでは無いが、ケンカ売ってんのかテメェ、と睨みつけられて面倒な事になったと内心溜め息を吐く。どうやらぶつかった相手も酔っているようで、足取りがおぼつかない。年齢は自分達と同じくらいもしくは一つか二つ上だろうか、いやそんな事はどうでも良いのだけれども、出来るだけ穏便に済ませようとナルトはサスケに肩を貸したままもう一度頭を下げて謝罪した。
しかし、ただでさえ質の悪そうな酔った若い男がそれだけで許してくれる筈が無い。何と言っているのか良く聞き取れない悪態を吐きながら危なげな足取りで距離を詰めてくるスキンヘッドの行動は想定内だったものの、ナルトはこの面倒な事態をどう切り抜けようかとアルコールでふわふわした頭で考える。
やっぱり相手の気の済むまで謝るしかないか、いっその事開き直ってスキンヘッドの男が引くくらいに大声で謝ってしまえば、逃げていくかもしれないとナルトが口を開きかけたその時、事もあろうに、さっきまで半分寝ていたサスケがナルトの腕を振りほどいてずいと一歩前に出た。

「あァ?やんのかコラ」

相手のスキンヘッドよりも数倍低く柄の悪い声を出しているのが恋人だという事実に顔が引きつるのを感じつつ、ナルトはとりあえずいきなり殴りかかったりしないようにサスケの腕を掴む。喧嘩などろくにした事が無いお坊ちゃん育ちの癖に、気性だけは荒いのだから救いようが無い。ぶつかられたからただ一応難癖をつけておいただけというくらい軽い雰囲気だったスキンヘッドの男形相が、みるみるうちに険しくなっていく様子を目の当たりにしてナルトは本格的に肝が冷えるのを感じ、慌ててサスケの頭を無理矢理押さえつけた。
「す、すいません!コイツすげえ酒弱くて!」

力任せにサスケの頭を下げさせて、自分も謝る。プライドの高いサスケに無断でこんな行動に出れば後が怖い事は解りきっていたが、仕方が無い。サスケからの文句なら後で甘んじていくらでも受けられるが、ここでサスケに、もしくは相手に怪我をさせるような事態になる事だけは避けなければならない。
ナルトのそんな心配が杞憂だったのか否か、そんな些細な事はこの際どうでも良いのだけれど、何度か謝罪すると相手の男は悪態を吐きながらも手を出す事は無く背を向けて去って行った。

「…はぁ…」

湧き上がる安堵から大きく息を吐くと、隣に立っているサスケは、怒っているんだか眠いんだか良く解らない表情を浮かべている。全く、世話が焼ける事この上無い。

「サスケ、歩ける?もうちょっとだから帰るぞ、ほら」

歩みが心配だという理由を建前にして恋人の手を引く。さっきの出来事で余計に機嫌が悪くなっただろうから嫌がられるかとの危惧が一瞬頭を過ぎったが、サスケは特に何も言わず促されるままついてきた。

「今日はちょっと飲みすぎたな…、…眠ィ…」

居酒屋を出た時には歩いて帰るのになんという事も無い距離だと思っていたが、疲労と酔いを携えた身体では普段のようにはいかない。ついでに言えば、道のりの半分以上はサスケを支えていたのだ。疲れない筈が無い。やはり店を出た時に大人しくタクシー乗り場で待っていれば良かったかと後悔してももう遅い。ナルトはちいさく息を吐いて、すっかり重くなってしまった足取りでアパートを目指して歩みを進めた。
恋人に気付かれないようちらりと視線を横へ向けると、今だぼんやりはしている様子だったものの、取り敢えず歩けるくらいには意識が浮上したらしいサスケが、自分同様眠そうな表情を浮かべている。そんな恋人の様子を見ているだけでなんだか幸せな気分になり、我ながら相当安上がりな男だと自嘲気味に口端を歪ませた。
疲れたけれども、サスケと手を繋いで、――正確に言えば彼の手首を掴んだままで、外を歩いている。普段は、外で耳打ちでもしようとすれば烈火の如く怒るサスケが、何も言わずナルトに手を引かれるまま歩いている。これが酔っ払った時だけ許されるのならば、かなり疲れたけれどたまにはこんな夜も悪くないと思えた。

「…っ!…おい、大丈夫か?」

もう少しで繁華街を抜け、アパートのある住宅街に入る。その数十メートル手前で急に立ち止まったサスケの身体が僅かに傾いだ気がして、ナルトは慌てて立ち止まり恋人の身体を支えた。やはり寝ぼけているのかと顔を覗き込もうとすると、急に突き飛ばされてよろめく。

「…?…わ、…ちょっ、…な、…なに…っ!?」

そのまま狭い路地裏に連れ込まれ、訳が解らないでいるうちに壁際に身体を押し付けられた。どうしたのか、彼の真意を訊ねようと口を開く前に唇が重なる。

「…んんっ…!」

熱い舌が捻じ込まれて口内を無遠慮に蹂躙されている事に抗議しても良いのか、それとも何か意味があっての行動なのか、突然過ぎる恋人の行動にすっかりパニックになったナルトは混乱したまま反射的に目を閉じてしまった。
上顎の裏側を舌で擦られると、不意打ちの快感に背筋が震え、思わず後ろの壁に凭れかかってしまう。スーツが汚れる、と一瞬頭を過ぎるものの、強い力で肩を押さえ付けられて絡まった舌を吸われれば、思考回路はすぐにまともに働かなくなった。
あまり数を持っておらず、営業や外回りで着なければならないスーツはナルトにとって貴重品である。だからこそクリーニングが必要になる前にサスケを引き剥がさねばと思うのだが、両脚の間に膝を差し込まれ、口端から唾液が溢れる程に強く唇を重ねられて、情け無い事にすっかり身体から力が抜けてしまった。普段こんなに巧みなキスを仕掛けられる事の無いナルトは、慣れない状況にされるがままになる他無い。

「…ふ…っ、…ん、…ぅ…っ」

恋人を引き剥がそうと掴んだ手で、結局サスケに縋り付く結果になってしまっている。こんな力が残っているならさっきまで肩を貸してやっていたのは何だったんだと内心悪態を吐きながらも、実際には折れそうになる膝を叱咤して持ち堪えるのが精一杯で、息苦しさと快感に視界が滲んだ。
執拗な口付けに流石に危機感を覚えサスケの胸を押し返すと、膝で力任せに股間を擦られてカッと頭に血が上る。一体何がしたいのか、多少手荒くなってもいい加減に止めねばとナルトが拳に力を込めた瞬間見計らったように唇が離れ、あまりのタイミングの良さに拍子抜けした。

「…サ、……スケっ…、いきなり何すんだっての…」

急に肺に供給される酸素が苦しくて、全く意図の掴めない恋人の行動を半ば責めるような眼差しを向けると共に、掠れた声を搾り出す。スキンシップを求められるのは勿論悪い気はしない。けれど、時と場合と、ついでに言うと場所にもよるというものだろう。

「…オイ、なんとか言えって、……っ!」

勝手極まりない行動を糾弾する素振りを見せても無反応なサスケに痺れを切らし、肩を掴んで揺さぶれば、恋人の身体は一拍遅れて傾ぎナルトの方へ凭れかかってきた。急に気分でも悪くなったのだろうか、とサスケが注がれるままに酒をちゃんぽんして飲んでいた事を思い出す。事によっては自宅が近くともタクシーを拾わねばならないと危惧したナルトが慌てて恋人の身体を支えた途端、耳に届いた息遣いに瞠目した。

「……ね、…寝てる…?」

鼓膜を震わせる微かな音は寝室で良く耳にするそれに似ていて、まさかと思いながらも何とか顔を覗き込み確認すれば、僅かに開いている濡れた唇から漏れ出すのは規則正しい吐息。信じられないが、どうやら意識は無いようだ。

「……マジ…?」

あまりの奔放さに最早怒りや呆れを通り越して笑いが込み上げ、ナルトはくつくつと肩を震わせると恋人が倒れてしまわないようその身体を支える。その体勢のまま堪えきれない笑いを零して、見咎められ難い場所なのを良い事に暫し恋人との抱擁に酔いしれた。