ノットイコール、ニアリーイコール



現パロシリーズ。ナルト18歳社会人一年目、サスケ19歳大学一年生。 7月下旬〜8月はじめくらい。


 高校卒業後、ナルトは兼ねてからアルバイトをしていた地元の建設コンサルタントに就職し、サスケは自宅から一番近い国公立の大学へと進学した。
 ナルトの就職した会社は彼の自宅から通えない距離では無かったが、両親の意向とナルト本人の希望で会社の近くにアパートを借りひとり暮らしを始める事に決めたらしい。決して親子仲が悪くなかったどころか誰から見ても仲の良い親子だったが、それだけにいつでも会いにくれば良いと両親がナルトのひとり立ちを応援した結果との事だった。
 サスケの方も、自宅から一番近い大学とは言っても電車通学で二時間程度かかる為、近くにアパートを借りるという事ですぐに話がまとまった。サスケが高校を卒業する頃には兄であるイタチは就職して実家には居なかったし、両親ともに高校を卒業したら自立するものと考えていたらしく、サスケも特にそれに反対する気も無かった為そう決まったのは比較的自然な流れだったと言える。毎日電車で二時間かけて通学するよりも、近くに住みその分アルバイトでもした方が社会経験を積めると考えたのはサスケも両親も同じだったようだ。そうして、高校を卒業すると同時に互いに生家を離れひとり暮らしを始めるのと同時に、初めてお互いが居ない日常に身を置く事になった。



 ナルトから告白され、付き合い始めたのが高一の夏。付き合うとは言っても、それまでだってずっとお互い誰よりも一緒に、誰よりも長い時間を過ごして来た二人は晴れて恋人同士になっても恋人としてどう振る舞えば良いのか暫くは戸惑っていた。せっかく両想いになれたのにも関わらず友達だった頃よりよそよそしい雰囲気に悩まされたまま一週間が過ぎ、痺れを切らしたナルトに押し倒されんばかりの勢いでキスされた事で変な緊張がようやく解けた事は今では笑い話になっている。歯がぶつかってがちんと音を立て、おおよそキスと言えないその暴挙にサスケが怒鳴って喧嘩になった。互いの胸倉を掴み至近距離で目が合ったところでどうにも可笑しくなり、二人して噴き出してからはすっかり以前の雰囲気に戻ったのでナルトの暴走は正しいショック療法だったと言えなくもない。
 それからは基本的には何も変わらず、互いの部屋を行き来して、イベントがあれば一緒に出掛け、テスト前には同じ部屋で勉強をして、話題のゲームで盛り上がった。ただ、年頃で興味もあった為、キスもしたし互いに高めあったりもした事がある。しかし知識も経験もテクニックも無かった二人はそのシチュエーションにドキドキすらしたものの、特別に気持ち良いだとか癖になるといった事も無くて、恋人としての発展はそれ止まりになっていた。
 互いに進むべき道が決まって卒業式を控えた時期、離れ離れになる不安から別れを視野に入れた話を神妙な顔で切り出したサスケに、ナルトはきょとんとして数秒黙り込んだ後、サスケがそれまで抱えていた不安を笑い飛ばしたものだった。何お前、離れたら俺がサスケのこと好きじゃなくなると思ってんの?んな訳ねーだろ!電話もメールも毎日する。週末には出来るだけ会いに行く。だから心配すんなよな!と力いっぱい背中を叩かれた。ナルトの事を信用していない訳では無かったが、サスケとは対照的に何も心配していない様子のナルトにすっかり拍子抜けしまい暫く押し黙るしかなくて、自分の女々しさに閉口するあまり溜め息も出なかった。だって結局、恋人という肩書があっただけの友達に過ぎないような関係だったのだ。サスケとてただの友達がキスしたり触り合ったりしない事など解っているが、付き合い始めても然程変わらないナルトの態度と雰囲気が居心地が良くてそのままになってしまっていた。納得出来ないままに解った、と返事をしても当然の事ながら不安は消えず、サスケの中のもやもやは解決しないまま取り敢えず遠距離恋愛をする事になった。
 口約束では不安を取り除ききれていない事をナルトがきちんと察していたらしい事を知るのは、引っ越しもとうに終わり新生活が始まる四月になってからになる。元々ナルトがくどくどと言葉で恩着せがましく約束を重ねるよりは行動で示すタイプである事は解っていたが、就職したてで色々と慌ただしいであろう中、余程の事が無い限り週末は電車に二時間揺られてサスケのアパートを訪れ、用が無くても毎日メールを送ってきたナルトの誠意には正直ひどく驚いた事は記憶に新しい。電話も、互いの時間が合えば週に一、二回は必ずナルトの方からかけてきて、そのいっそ健気とも言える気遣いにサスケは密かに感動すら覚えていた。まるでこれでは、ナルトの方が寂しがっているようだと考えて、案外的外れでもなさそうな思考にひとり笑いを零した事は今もサスケの胸の内に秘められている。



 就職した会社に元々アルバイトとして勤めていたナルトだったが、やはり正社員に昇格すると色々と勝手が違うらしく随分忙しい思いをしているようだった。メールでも電話でも仕事での苦労や一人暮らしの家事の難しさを事細かに話して聞かせるナルトが可愛らしくて、サスケは適当に話を聞く振りをしながら良く液晶画面相手に笑ったものだ。
 サスケの方は、新生活とは言っても特にサークルに入ったり行事に参加したりする訳でも無く、最初に取る講義を決めてしまえば後はのんびりしたものだった。大学生なんて大層なモラトリアム期間、人生にこれっきりなんだからもっと楽しんだ方がいいよ、とは入学早々親しげに声を掛けて来た友人の言葉だが、サスケは大学生活をモラトリアムで終えるつもりは毛頭無い。無駄無く必要な単位を取得して、余った時間は勉強と資格取得に充てるつもりで既にぼんやりと計画を立てていた。成績が良かったおかげで学費は然程かからない事になったが、ひとり暮らしをする以上アルバイトでもして稼がねばならないという気持ちもあった。
 水月と名乗った人物は勝手にサスケを友達にしてしまったらしく、あれこれと話しかけられ誘われたりもしたが、サスケは気の進まないものは正直に全て断った。付き合いが悪いと思われ離れるならばそれまでと思っていたのだが、裏表の無いサスケの態度を気に入ったらしい物好きな水月は、何か用があったりしない限り昼食を一緒に摂ろうと誘って来るようになった。
 そうやって過ごす間もナルトとの連絡は頻繁に取り合っていたが、丁度初めてのテスト期間をナルトの忙しい時期が重なり、メールこそ送りあっていたものの顔を見られないままひと月が過ぎようとしていた。季節はすっかり夏真っ盛りになり、何とか試験を乗り切ったサスケが水月や重吾に誘われささやかな打ち上げを終えた夜、数日振りに恋人専用の着信音が鳴り響き、サスケはそのタイミングの良さに僅かな期待を抱いてメールを開く。

 明日、久し振りにそっちに行くってばよ。どっか行きたいとこあったら一緒に行こ!

 まるで明るい声が聞こえてくるかのような弾んだ文面がナルトらしくて、自然と頬が緩むのを自覚せざるを得ない。夏休みは勉強とアルバイト中心で計画を立てるつもりだったのだが、幸い今はまだ白紙だ。ナルトの忙しさが一段落ついたのなら、彼との予定を最優先でスケジュールを埋めるとしよう。落ち着く為に一度ちいさく深呼吸して、サスケは指を動かした。

 お前が見たがってた映画、公開になったぜ。一緒に行くか?



 聞けばメールを送ってきた時点ではまだ会社に居ると言っていたので午後からの回をゆっくり観ようと誘ったのだが、ナルトはどうしても朝一の回を見ると言って聞かなかった。
 ナルトが住んでいるところよりもサスケの通う大学がある地域の方が賑わっている為、映画やレジャーなど遊びに行くとなれば必然的にナルトが来る事になる。映画の朝一、しかも夏休み期間となればかなり早い。二時間電車に揺られなければならないナルトはほぼ始発に乗る勢いで早起きする羽目になる。夜十時を回る頃にまだ会社にいる奴がそんな無茶をして大丈夫なのかというサスケの言葉に、ナルトは電話越しに俺ってば体力には自信あるから大丈夫!とうるさいくらいの声で答えて笑っていた。
 映画の最中に眠くなったら意味が無いだろ、と説得を試みようとしたサスケの言葉にも電車の中で寝るからいいと言って聞かず、結果的には折れたサスケが先に映画館に赴いてチケットを購入し、ナルトは開演ギリギリに映画館に来るという案で落ち着いた。ただでさえ今までもナルトは週末になればサスケに会いに来ていたのだから、忙しい時くらい無理して欲しくないというのは間違いなく本音だったが、それ以上に、会う時間をなんとしてでも作ってくれるナルトの優しさに嬉しさを感じてもいた。
 夏休みの映画館は朝一番の回だというのに当然のようにごった返していて、あまりの人の多さにこんな状態でギリギリの時間に訪れたナルトをすぐ見つけられるか僅かな不安を覚えたサスケだったが、開演五分前になって、サスケ!という明るい声の持ち主に名前を呼ばれるなり腕を掴まれて肩を跳ねさせた。
 どちらの方角から訪れるか大体の当たりをつけて待っていたサスケだったが、急に背後から声をかけられては流石に驚く。久しぶり!と歯を見せて子供っぽい満面の笑みを浮かべるナルトは、ほんのひと月会わなかっただけで随分大人っぽくなった気がした。



 映画そのものは話題のアクションで正直サスケの趣味という程でもなかったが、費用がかかっているらしいだけあってCGと派手なアクションは見応えがあった。ストーリーは同じ系統の映画と似たりよったりの使い古された設定だったが、それだけにナルトは頭を使わずエンターテインメントを楽しんだようだ。映画館を出るなり、すげー迫力だったな!おもしろかったってばよ!と心底楽しそうに言われれば、もうそれだけで悪い気はしなかった。
 昼は近くの大型施設内にあるフードコートで済ませて、久し振りにゲーセンに行きたいというナルトの希望に付き合う形で久々に一日中歩き回った。本屋に寄って参考書を選び、CDショップに立ち寄ってナルトの勧める曲を試聴したりしていればあっという間に陽が沈んでしまい、心地良い疲労を感じていた二人は帰宅してから食事の準備をする煩わしさから逃れる為に近所のラーメン屋で夕食を済ませてからサスケのアパートへ向かう。夏の夜風が肌にまとわりつく感覚も、隣を歩くのが恋人だと思うと気にならない。初めて入るラーメン屋にナルトが子供のように喜んで、わざわざ近所のラーメン屋の中でも美味いと評判の店を探しておいた甲斐があったなとサスケは口元を綻ばせた。



 帰宅した時には既に少し眠そうだったナルトに風呂を譲り、彼が上がって髪を乾かすところまで確認してからサスケも浴室へ入った。とは言っても傍にナルトがいるのにゆっくり風呂に入る時間も勿体なくて、ほとんど烏の行水と言っても良い程のスピードで入浴を終えてしまった事に我ながら苦笑する。久し振りに会えたとはいえどんなに恋人に入れ込んでいるのかと我ながら可笑しくなった。否、恋人に入れ込んでいるというよりもむしろ、久し振りに会った親友と出来るだけ時間を共有していたい、そんな浮かれた感覚に似ている気がする。高校生の時は結局友達の延長上のような関係でしかなくて、四月に離れてしまってからはもっと接触が少なくなってしまっていたのだ。今日だって、映画、ゲーセン、本屋にCDショップと、友達と遊んでいたと言っても何の違和感も無いデートコースで色気の欠片も無い。実際終始そんな雰囲気だった事は否めないし、サスケもそれで十分楽しかった。友達では無く恋人であるとの認識は一応あるものの、ナルトが一緒に居てくれればサスケはそれだけで満足してしてしまえて、現時点では特に性急に関係の発展を望んでいる訳でも無い。会えばキスくらいはするものの、たまにじゃれるように高め合ったりする事があったりするだけでナルトもそれ以上の事をしようとはしてこなかった。
 烏の行水のような慌ただしい入浴でも暑い中一日中歩き回って掻いた汗を流すとさっぱりして、気分良く浴室を後にする。明日は日曜なのだから今日は早く寝ても良いかと考えながら髪をタオルで拭いていると、大きさを抑えたナルトの声が耳に届き何気なくそちらに視線を向けた。

 ――はい、…はい、解りました。じゃあその時間に。

 仕事の電話なのか、携帯電話を耳に当てよそゆきの声で喋るナルトは、まだ18なのになんだか急に大人になってしまったような気がして居心地の悪さに思わず足を止める。サスケが入浴を終えた事に気づいたナルトは慌てた表情を浮かべすぐに電話を切った。何故か胸の中に苛立ちが湧いて、ゴメン、急ぎの用事だったみたいでさ、と困り顔で言い訳のように呟くナルトの顔を直視出来ずにタオルで顔を隠すように髪の水分を拭う。呟いた声は、自分でも驚く程不機嫌な色が滲んでいた。

「…仕事、一段落ついたんじゃなかったのか」
「うんまあ、俺がやってたやつはそうなんだけどさ。おんなじ課の人が進めてた別件がちょっと」

 そんなドラマに出てくるサラリーマンみたいな台詞を吐かれても、大学生のサスケにはさっぱり解らない。ナルトが勤めているのが建設コンサルタントの会社だと知っているだけで、ナルトが何の課に所属してしてどんな仕事をしているのか、全く把握していなかった。知りたい気持ちが無い訳では無かったが、社会人ではないサスケが聞いてもいまいち解らないかもしれないと思うと聞きそびれたままになってしまっている。

「……忙しいなら、無理して来なくたって良かったんだぞ」

 自分の知らないナルトを垣間見た気がしてどことなく面白く無く、サスケは拗ねたような口調で呟いた。困ったように眉尻を下げたナルトが、僅かな躊躇いの後携帯の電源を切ってバッグにしまう。ごめん、と続けて聞こえた謝罪は一体何に対してのものなのか、問い質す前にきつく抱き締められて言葉を失った。
 映画館で会った時にも感じたが、ナルトの声も、匂いも、ぬくもりもまるで知らない誰かのように大人びてしまっていて、サスケは無意識のうちに身体を強張らせる。ついこの間まで同じ高校に通うクラスメイトで馬鹿で子供だと思っていたナルトが、たった半年で急に大人になってしまったように感じられて不安と寂しさに同時に襲われた。年齢だって二ヶ月ちょっと自分の方が年上なのにと、そんな細かい事を考えてしまう自分の子供っぽさに嫌気が差して知らず知らずのうちに眉間に皺が寄る。ナルトと触れ合う事を素直に喜べないこんなところが、ますます彼との差を開かせる事など解っているのに。

「……サスケ」

 普段より少し低めの声が鼓膜を震わせたかと思えば、ナルトの腕に力がこもった。苦しいくらいに抱きすくめられて息が詰まる。ナルトからも風呂上がりの良い匂いがして、余計に心臓が速まる原因になった。離れろ、とかなんで謝る、だとか、言おうと思えば何でも話しかけられる筈なのに、知らない間に逞しさを増した腕に抱き締められてすぐには言葉が出て来なかった。
 サスケが何も答えない事をどう解釈したのか、暫くの沈黙の後に唇が重なる。互いにひとり暮らしを始めてからナルトがサスケのアパートを訪れるのはもうゆうに十回を超えていたし、会うたびにキスくらいしていたというのに、唇が合わさった瞬間背筋に駆け抜けた甘い痺れにサスケは戸惑った。反射的に目を閉じると、ちゅ、ちゅ、とちいさな音をたてて触れるだけの口付けが繰り返される。触れ合った唇の柔らかさとあたたかさが、普段なら心地良いのに何故か今日は身体に火を灯すように熱かった。

「…サスケ。…くち、あけて」

 ゾクゾクするような低音が吐息を共に耳元に吹き込まれ、サスケは抵抗する術を持たず言われるままに僅かに唇を開く。ナルトの言葉が何を意図するのか解っていた筈なのに、滑った舌が熱を持って口内に差し込まれると思わず背筋が震えた。

「……っ、…んん、……ン」

 息苦しさに鼻にかかったような声が漏れ、それが含む甘さに自分でも恥ずかしくなって頬が熱くなる。久し振りだからというだけでは無いくらいに余裕無く求められてサスケは正直困惑した。キスくらい別に止める理由も無いのに、何だか切羽詰ったようなナルトの勢いに怖気づいてしまう。口内を余すところ無く舌が這う感覚に、腰をきつく抱かれて密着する身体から力が抜けてしまいそうになって慌ててナルトにしがみついた。
 唇が離れた瞬間もう一度サスケ、と名を呼ばれて至近距離に迫った恋人の顔を見つめると、今までに無いくらいに飢えた瞳で射るような視線を浴びせられ腰が引けてしまう。ベッドへ誘導されてそのままの勢いで押し倒され、覆い被さって再び唇を重ねて来るナルトがさっきまでと別人に見えてどうしたら良いのか解らず頭が混乱した。
 深い口付けに翻弄されて頭の芯が痺れたように思考回路が麻痺していく。心地良い疲れで鈍った身体はナルトから与えられる熱と快感で僅かな眠気を訴えて来るというのに、奥に火を灯されたように火照る身体が意識を沈める事を許してくれない。水音を立てて絡まる舌先に柔らかく歯を立てられると、背筋に快感が駆けて思わず身体が跳ねた。

「…サスケ、……」

 今日一日友達のような顔しか見せて来なかった男にいきなり剥き出しの欲望を見せられた気がしてサスケは戸惑いを隠せないままにナルトの胸を押し返した。自分達は確かに恋人であり、サスケ自身ナルトへの思いは友情だけでは無いという自覚もある。キスされるのも、抱き締められるのも拒絶したいとは思わない。だが幼い頃から長い間ずっと友達をやってきて、高校を卒業して半年経ったからといってそれがおいそれと変わるものでも無く、サスケにとって未だにナルトは限り無く親友に近い位置に居た。
 ナルトはサスケの抵抗を意にも介さないどころか、頬や首筋、鎖骨に唇を落としながらいつの間にか服の中に手を侵入させている。素肌を撫でられ、思わず情けない声が漏れて顔から火が出そうになった。ナルトがどこまで求めているのか解らず本気の焦りが生じて、今度はあからさまに力を入れて相手の胸を押すと、流石にナルトの手が手が止まる。
 どうやら我に返ったらしく、ナルトは明らかにしまったという表情を浮かべてバツが悪そうに視線を逸らした。既に僅か呼吸を乱していたサスケは、息苦しさに滲んだ視界で睨むような眼差しを向けて無言で責める。どういうつもりだと怒鳴ってやりたいところだったが、ナルトの行動自体は恋人に対するものとして間違っている訳では無いので取り敢えず視線だけで糾弾するに留めた。心臓がうるさいくらいに音をたてて早鐘を打っている。

「……ゴメン…。…でも俺、……サスケのこと、すげえ好きで……、好きだから嫌がる事なんてしたくねえんだけど、……でもやっぱり、好きだからちゃんと最後までしてえっつうか……」

 気まずそうに視線をさまよわせていたナルトだったが、意を決したように真っ直ぐにサスケを見つめると思いの外真摯に思いをぶつけて来た。言葉を選んでいるのか途切れ途切れの拙い表現だったが、それだけに彼らしい言葉はナルトの真剣さと情熱を十分にサスケに伝えてくる。
 ナルトに触れられるのは嫌では無い。高校一年の夏に付き合い始めて、卒業するまでにはキスもしたし互いに高めあったりも何度かしてきた。けれど、知識も経験も無くそれ以上はどうにも踏み込めなくてずっとそのままになってきたのだ。男同士最後まで抱き合うという言葉が示す意味をまるっきり解らない訳では無いからこそ二の足を踏んでしまうのは当然と言えるだろう。しかも、ナルトのこの勢いから察するにどうやら組み敷かれるのは自分らしいと悟って、サスケは尚更尻込みしてしまう自分の気持ちに嘘は吐けなかった。

「……最後って、…お前、……」
「…俺、ちゃんと勉強したんだってばよ。サスケに痛い思いさせたり、怪我させたりしねえで、ちゃんときもちよくなってもらうにはどうしたらいいのか」

 男らしくないとは思ったものの時間を稼ぐ意味も含めて問い掛ければ、ナルトは切羽詰った表情で真剣に言葉を紡いだ。聞けば、互いにひとり暮らしを始め離れてからそう思うようになったらしく、当時まだきちんとした知識を何も持っていなかったナルトは彼なりに色々学んだらしい。毎週のように会いに来て泊まっていながら、四ヶ月もの間戯れのような触れ合いで我慢させていたのかと思うと、知らなかった事とは言え流石にサスケも良心の呵責に苛まれた。

「…なんでもっと早く言わなかった」
「……だって、大学慣れるまで大変だろうし…。…サスケはきっと大学入ったからって遊んだりしねえでちゃんと勉強するんだろうなって思ったらさ、いつ忙しくていつ暇なのかとかわかんねえし、……そうやって考えてるうちにバイトも始めるとか言うから、ますますタイミング逃しちまって…」

 ナルトの性格を考えれば、サスケへの気遣いは勿論、下手な事をしてサスケを傷つけたくないという思いもきっとあったのだろう。実際、こうやって包み隠さず欲望をぶつけられてサスケは戸惑っている。恋人に抱くには自然な気持ちを、無理させたくないとの一心で抑えて来たナルトの思い遣りには素直に胸を打たれた。
 試験も終わって夏休みに入ればサスケの生活に余裕が出来ると考え、サスケが長期休暇に入るのを待っていたと居心地悪そうに呟くナルトは、健気を通り越していっそ可哀想に思えてしまう。そんなナルトの様子に絆され、彼の気持ちに応えてやりたいという思いがサスケの中に生まれたものの、いかんせんまだ心の準備が出来ていなかった。女がどういうつもりでそれを許すのか考えた事も無かったが、いくらナルトがちゃんと勉強してきたとは言っても、本来そういう風に出来ていない器官を使うのは怖い。

「……後ろ、…使う…んだよな…?」
「……えと、…あー…、…うん。…でもっ、ローションとか使ってちゃんと解して、男同士でもゴムとかちゃんと着けて、…気をつけてやれば…大丈夫だってばよ…?」

 サスケの問いに最初こそ意気込んで答え始めたナルトだったが、自信が無いのか段々と声が小さくなり勢いを失ってしまった。当たり前だ、いくら勉強したとは言っても知識があるだけの状態と実践はまた別物であると言える。ましてや、互いに未だ何の経験も無いのだから尚更だった。
 もうお互い子供でも無いのだから、近い将来にこんな日が訪れる事くらい容易に想像出来た筈だ。ナルトが気遣う程四月からのサスケの生活は大変でも慌ただしくも無かったのだから、これくらい考慮しておくべきだったと今更悔やむがどうにもならない。

「…悪い…。…そういう風にお前が我慢してるんだって、…知らなかった」
「……別にサスケが謝る事じゃ…。俺が言わなかったんだから、…言わなかった事を察しろなんて無茶言うつもりはねえってばよ」

 ナルトの気遣いと誠意に応えるつもりで正直な気持ちを言葉にすると、それまでサスケのに覆い被さるような体勢だったナルトは身体を起こして気まずそうに視線を逸らした。それから僅かな間あーだのうーだのと頭を抱えて呻いていたが、数秒後にはかぶりを振ってサスケの上から退く。

「いきなりじゃサスケもアレだろ。もうちょっと待つから、考えといて」

 たった数秒間でどう気持ちの整理をつけたのか、笑顔で告げるナルトからは無理をしている様子は見受けられず、その清々しいまでの潔さにサスケはある種の感動を覚えざるを得なかった。しかしこのままナルトを引き下がらせてはあまりにも情けない。負けず嫌いの性分に火が点いて、サスケは神妙な面持ちで口を開いた。

「…解った。……その代わり、我慢させた詫びくらいはする」

 恥ずかしさに僅か上擦った声で呟きながら身体を起こすと、言葉の意味を理解出来無いらしくきょとんとした表情を浮かべているナルトの脚の間に屈み込む。恋人が何をされるのか理解するよりも先に始めてしまおうと衣服の上から下肢に触れれば、元々緩く反応していたらしいそれは面白い程顕著に固さを増した。

「えっ!?…ちょ、…な、…サ、…サスケっ…!?」

 さっきまで自分を求めて飢えた獣のような目をしていた男と同一人物とは思えないような初心な反応が可笑しくて思わずちいさく笑いが漏れる。奔放で素直で行動が読めない恋人にいつも翻弄されっぱなしなのだ。こんなに露骨に動揺する姿が見られるなら、羞恥に耐えて実践する価値があるとサスケは密かに口端を引き上げる。
 ナルトが気付かないくらいに僅かな躊躇いの後、目の前で呆けている恋人の胸を力任せに押して身体を倒すと、強引な手つきで下着ごと下履きをずり下ろした。その途端、芯を持った下肢が上向く。わっ、だかひゃ、だか情けない声を上げたナルトは明らかに動揺していて、さっきまでの優位をひっくり返せた気がして優越感が湧き上がった。咄嗟に身体を起こしかけたナルトを睨みつける事で制すと、怯んだ恋人は上体を起こした半端な体勢で大人しくなる。そのまま動かない事を確認して、駄目押しに大人しくしてろ、と付け加えると消え入りそうな声で返事が聞こえた。
 今までも互いに高め合った経験ならある。しかし今までと同じ事しかしないのでは意味が無いと考えたサスケは、まだ完全には勃ち上がっていないそれを右手で支えて口に含んだ。頭上でナルトが声にならない声を上げ腰を引くが逃がしてなどやらないとばかりに空いていた左手を腰に回す。その拍子に歯が当たってしまったらしく、ナルトが小さく呻いた。

「…サスケっ…、んな、無理しなくても…、……手で、…いいから…っ」
「…別に、無理なんかしてねえ」
「く、咥えたまま、…喋んなってば…っ!」

 屈み込んだ体勢のままふと視線だけを上げれば顔を真っ赤にして手で口元を押さえるナルトの表情が瞳に映る。やけに加虐心を煽るその姿に、サスケはぞくりと背筋が粟立つ感覚に身震いした。ついさっきまでは自分が受け入れる側だと思い込んで柄にも無く怖がったりしてしまったが、これだったら勢いのままに押し倒してしまえばナルトが折れてくれるかもしれないなどと考えて可笑しくなる。ナルトの事だから、サスケがどうしてもと言えば意外とあっさり上を譲るのではないだろうか。
 自分の行為を目の当たりにすると恥ずかしさに耐えきれなくなりそうで、サスケはそんな想像をしながら唇を締めて必死に頭を上下させた。同じ男だからどこをどうすれば気持ち良くなれるかなんて聞かなくとも解るが、いかんせんサスケには技術が伴っていない。いくらなんでも咥えるだけで快感が得られる筈は無いだろうと、今まで手で擦って高めた記憶を辿って同じ刺激を唇で与えようと懸命になった。舌を押し当てて頭を揺する事に夢中になっていると、段々と固さを増してきた下肢の先端が喉奥に触れてしまい苦しさに顔を歪める。

「…ちょっ…、…大丈夫かよ…?……んな奥まで咥えたら、…苦しいだろ…?」

 心配そうに訊ねるナルトの声が上擦ってほんの少し舌っ足らずに聞こえ、顔を見ずとも興奮と快感が混じっているのが解った。サスケの拙い愛撫でも顕著な反応を示すナルトが可愛らしく思えて、みるみるうちに張り詰め先走りを零し始めたそれをもっと高める事に集中する。口に含んだまま擦る事が苦しくなってくると、裏筋に舌を押し当て根元付近を手で刺激しながら先端だけを咥えて軽く吸い上げた。その度ナルトが漏らす押し殺した声が愛しくて、独特の匂いや味も彼のものだと思えば我慢出来る自分にサスケは内心驚く。口周りや頬が先走りに濡れても構わずに愛撫を続ける事に夢中になるのと同時に、ナルトの感じ入った表情が見られない体勢が残念でならなかった。

「…ぁ、…も、……やべっ…、…サスケ、……くちっ…、離して…!」
「…っ…んん、……ふ…、…っ!!」

 押し当てた舌に、指先に伝わる脈動からナルトの限界が近い事は解っていたものの、予想よりもかなり早く吐精したナルトの熱が喉奥に叩きつけられてサスケは反射的に口を離して咳き込む。こうなる予想が全く出来ていなかったかと言えばそういう訳でも無かったが、やはり急に口内に流れ込んできた熱い体液には咄嗟に反応出来ず苦しさに涙が滲んだ。

「ご、ゴメン!!大丈夫か?吐き出せってばよ!」

 慌てたナルトは完全に身体を起こしてサスケの顔を覗き込み、背中をさすりながらサスケの口元に掌を差し出す。驚いた拍子に多少飲み込んでしまった事もあり、何となく吐き出す事には抵抗があった為このまま残りも飲み下してしまおうかとも考えたが、思ったよりも量が多く観念してサスケは口を開いた。

「…っ…ぅ、………っ」

 口を開けばすぐに吐き出せると思っていた体液は、粘ついているせいか思うように口から出てきてくれず羞恥と苦しさに小さく呻く。唾と一緒に出して、というナルトの言葉に頷き唾液を吐き出す要領で懸命に白濁を口内から出そうとするも、糸状になった唾液を伝って少しずつしか出ていってくれなかった。喉に絡まった体液は飲み込むしか無く、思い切って喉を慣らして飲み下す。涙で滲んだ視界にナルトの掌が映ると、唾液と混じった白濁がやけに卑猥に見えて直視出来ずすぐに目を逸らした。

「…悪ィ、…無理させた挙げ句、…間に合わなくて…。…もうちょっと早く言えば良かったってばよ」

 サスケが吐き出したものをティッシュで拭いゴミ箱に放ったナルトが申し訳無さそうに呟く声を聞いていると、サスケまでいたたまれなくなってしまう。我慢させた詫びをすると偉そうな事を言っておきながら上手く出来ず、その上醜態を晒して心配をかけるなど失態に他ならない。何と返事をしたものかと困り果てて視線をさまよわせていると、不意に抱き寄せられその勢いのままにきつく抱き締められて想定外の事態に瞠目した。

「…サスケ、ゴメンな。無理させたくねえから、もうちょっと待ってる。オッケーでもダメでも構わねえから、考えといて」

 どこまでも優しい恋人の言葉に、大切にされるのが嬉しい反面不安にもなってすぐには返事が出来なかった。ダメでも構わないとは、結局サスケが男同士で身体を重ねるのは嫌だと拒む事も許されるという事なのか、と訊ねようとして、そんな質問が言葉に出来る筈も無い事に気づく。ナルトは切羽詰まる程に求めているのだ。勿論ナルトにだって単なる下心というものはあるだろうが、馬鹿みたいな優しさで何ヶ月も待つような男の抱くものがそうそう即物的だとは思えなかった。きっとナルトにとってそれは、口づけるのと同様にサスケを好きだという気持ちの延長上にある行為なのだろう。

「……ナルト、」
「何にも言ってくれなくていいからさ。俺、サスケがどうしたいか決まるまで、もっと勉強しとくから」

 戸惑っているサスケの様子を察したらしいナルトに、返事をする前に先手を打たれればもう黙る他無かった。恋人になる前からずっと一緒に過ごして来たにも関わらず、まだ知らない彼の一面がある事に驚くと同時にくすぐったい気持ちになる。友達と恋人に見せる顔は違って当然だとは思うが、ナルトが恋人の顔を見せるのがどこかの知らない女では無かった事にサスケは安堵を感じていた。そう思う時点で自ずと答えは出ていると言ってもいい。友達としてのナルトも、恋人としてのナルトも失いたくないという気持ちがあるなら、ナルトの希望に応えてやるべきなのは解っている。ただ今は、いつかそうなるだろうとぼんやり考えていた程度の事を急に眼前に突き付けられて怯んでしまっただけなのだとサスケは自分に言い聞かせ、ナルトの背に腕を回して抱き締め返した。



 翌朝、カーテンの隙間から差し込む朝陽の眩しさに意識を引き上げられて目を覚ますと、ナルトは既に起き出してコーヒーを淹れていた。インスタントの安物でも狭いアパートならば十分に良い香りが届いて、サスケは緩慢な動きで身体を起こす。

「あ、起きた?サスケも飲むだろ、コーヒー」

 普段通りの明るい声に頷くと、ナルトはいそいそとサスケの分のマグカップを手に取りビンの蓋を開けるなり傾けてコーヒーの粉末を注いだ。いつもスプーンを使って計れと言っているにも関わらず、彼が聞き入れた試しは無い。
 結局あの後、別にいいというサスケに俺もやってみたいからと宥めすかして脚を強引に開かせたナルトはサスケがやったのよりも上手く口での愛撫をやってみせ、情けない事にその快感にサスケはすぐ達してしまった。勉強しているというのは伊達じゃないらしく、得意げに口端を引き上げ満足そうに笑ったナルトに対して抱いた感情が悔しさだったという辺り、サスケも相当な負けず嫌いと言える。しかし吐き出した熱を目の前で喉を鳴らして飲み下したナルトの行動には顔から火が出そうな程の羞恥に見舞われ、思わず怒鳴ってしまった。サスケには出せと言っておいて自分は飲むなんて狡い事この上無い。ただでさえ昨日はナルトに熱っぽい眼差しで見つめられるだけで身体が熱くなっただけに、その後寝るまで羞恥のあまりナルトの顔をまともに見られなかった。

「ハイ、どうぞ。サスケの分はブラックにしといたから」
「……サンキュ」

 ベッドの上で上体を起こしただけの体勢でマグカップを受け取り口をつけると、寝ぼけた頭に少し濃いめのコーヒーが丁度良くて息を吐く。隣に腰掛けたナルトのカップの中を何気無く覗き込むと、案の定カフェオレのような色をした甘ったるい匂いのコーヒーが入っていて苦笑を禁じ得なかった。

「朝飯…、食パンくらいしか無いが、外に食いに行くか?」
「…あー…、………ゴメン!今から出なきゃいけなくてさ…」

 昨日散々遊び歩いたせいで今日の朝食まで気が回らなかった事を思い出して提案すると、予想外の答えが返って来てサスケはカップから口を離し恋人に驚いた眼差しを注ぐ。そんなサスケの様子がどう映ったのか、ナルトはバツが悪そうに苦笑して視線を逸らした。誤魔化すようにカップを傾けてコーヒーを飲み進める後ろ姿に掛ける言葉が見つからない。

「…お前、今日休みだから会いに来たんじゃないのか」
「いや、まあ、金曜の夜の時点では半々くらいだったんだけど。やっぱ来て欲しいって言われてさ。今遠方だって言ったら、今日の昼に間に合うくらいでもいいからって」

 申し訳無さそうにぼそぼそと呟くナルトは、甘ったるいコーヒーを飲み進めながら事情を説明するもサスケと目を合わそうとはしなかった。ナルトはへらへらしているように見えて、実は努力家であるのに加え誰かが困っていれば放ってはおけないお人好しだ。新入りだから出来るだけ貢献して早く認められたいという心情もあるとしても、それを差し引いたところで彼は呼ばれれば休みでも駆けつけてしまうのだろう。ただ、それをサスケに対しては悪いと思っているからこそ、休日出勤になるかもしれないと解っていても会いにきたのではないだろうか。考え得る可能性に、サスケは頭を抱えたくなった。それならそうと言ってくれれば、サスケの方から会いに行く事もやぶさかではなかったのだ。サスケに対しては勿論、周りの人間皆に対して優しく親切であるナルトの性分は、間違い無く好きなところのひとつではあるものの時折ひどく憎くなってしまう。

「じゃあ、せめて朝飯くらい…。何も無いが、軽く何かつまむだけでも」
「ああ、大丈夫。電車の時間あるし、駅でなんか買って食うからさ」
「…昼くらいでいいんだろ?そんなに急ぎなのか」

 普段ならサスケの申し出を断る事などないナルトに即答されて少々気分を害したサスケが拗ねた口調で呟くと、ナルトはちいさく笑って掛け時計を指し示した。その針が伝える時間に、サスケは思わず言葉を失う。そんなに眠っていたつもりなど無かっただけに、不覚にも慌てぶりが表情に出てしまったらしく、今度はコーヒーを飲みほしたナルトが声を立てて笑った。

「…お前っ、…時間…!」
「うん、もう出るから大丈夫。ちゃんと電車の時間も調べてあるから心配すんなってばよ」

 落ち着いた声につられるようにナルトの荷物を視線で探すと、確かにもうしっかり支度は整えてあるようだった。ひとまず安心して再度時計の針に目を遣ると、今すぐに出たとしてもナルトの勤める会社に着くのは昼休みの時間帯に間に合うか間に合わないかというくらいだというのに悠長にコーヒーなど淹れていたナルトの行動が信じられない気持ちになる。時間ぎりぎりまでサスケが起きるのを待っていたのだろうか。そういうところが嫌いなんだと、言葉にして糾弾したくなるくらいの思いやりに歯噛みした。ナルトは、本当に腹が立つくらいに優し過ぎる。

「サスケはゆっくりしてていいからさ。昨日あんだけ歩いたら疲れただろ」

 マグカップを流しに置いて肩に斜め掛けするタイプのバッグを手に取ったナルトはそう言って笑みを浮かべた。しかし勿論そんな訳にも行かず、サスケは慌ててベッドを出ると飲みかけのコーヒーが入ったカップをテーブルの上に置いてから玄関へと向かうナルトの後を追い掛ける。無造作に靴に足を突っ込んだナルトは、狭い玄関で振り返るなりサスケを抱き締めた。

「…っ、…ナル、」
「昨夜はゴメンな。…まあ、ああいう気持ちになんのはサスケのこと好きだからだけどさ、…でも、だからってサスケに嫌な思いさせちゃ意味ねえよな。無理矢理迫ったりしねえから、また次もフツーに会おうぜ」

 不意打ちに驚いて名を呼ぼうと口を開くも、被せるようにまくしたてられたナルトの言葉に遮られて中途半端になってしまう。そんな事わざわざ言わなくても、ナルトは一度だってサスケに何かを無理強いした事など無かった。安心させようとしてくれているのだろうが、そこまでナルトに気を遣わせてしまう自分が情けなくて咄嗟に言葉が出て来ない。
 サスケが何と言葉を返すべきか迷って何も言えないでいるうちに、ナルトは名残惜しそうに身体を離すとサスケの頬に軽く唇を触れさせ、じゃあな、と明るく笑って出て行ってしまった。玄関の扉を閉める直前に手を振る仕草が可愛らしくて鼓動が早まる。きっと申し出ても断られてしまったのだろうが、駅まで送る、という一言すら出て来なかった。

「……あのウスラトンカチ」

 ひとりアパートに残されたサスケは、頬が熱くなる感覚に見舞われながら悪態を吐くのが精一杯で、自分の不甲斐無さがどうしようも無く歯痒くて唇を噛み締める。笑顔で玄関の扉を閉めたナルトと、昨夜切羽詰った表情でサスケを押し倒したナルトが重なって罪悪感に苛まれた。急に迫られて驚いてしまい結局ああいう結末になってしまったが、互いに未だ何の経験も無い、という状態のままであるのが自分のせいだと気づいて、湧き上がるいたたまれない気持ちに眉を寄せる。もしナルトとサスケが付き合ってなどおらず、ナルトに他に恋人が居れば彼は半年近くも我慢した挙げ句に未だお預けを食らわずに済んだかもしれないのだ。
 離れる時に不安がったサスケの様子を恋人が未だに気にかけているのかどうかは解らないが、遠距離になってからナルトはより一層優しくなった気がする。そんなナルトがあんな顔をするまで我慢させて、それに気づかなかっただけでなく打ち明けられても彼の気持ちにすぐ応えてやれなかった自分に嫌悪すら覚えて玄関の壁を拳で叩いた。
 ナルトは半々と言っていたが、昨晩の電話の雰囲気から今日呼び出される事は十中八九解っていたのだろう。映画を朝一の回に拘ったのは、出来るだけ長く一緒に居る為だったのだと考えるとナルトの優しさに苛立ちすら湧いて来る。

 遠慮なんかしないで、多少抵抗しても強引に奪っちまえば良かったんだ。

 女々しい自分への苛立ちを恋人に向けたところで気が済む筈も無く、じんじんと鈍い痛みを訴える右手を一瞥してから部屋に戻った。女でも無く、初めてが怖いなんて柄でも無い癖に、妊娠の心配も無い癖に、こんな事なら潔くくれてやれば良かったと後悔の念ばかりが湧き上がる。ナルトの事はこれ以上無いくらいに信頼しているのだから、彼が勉強したというならば身を任せても良かった筈だ。
 テーブルの上には飲みかけのコーヒーがまだほんの少しだけ湯気を立てていて、せっかくナルトが淹れてくれたそれを無駄にするのも勿体無くて再び手に取った。次にナルトが求めてきたら、その時は迷わず受け入れようと決意してカップを傾ける。濃いめのそれはやはり苦味が強くて、眉間に皺が寄っているのはそのせいだと自分に言い聞かせた。