「サァスケェ!!やっと捕まえたってばよ!」
多忙を極め疲労のピークに達していると言っても過言では無いサスケのささやかな願いは、昼休憩になって間も無く突如背後から抱きついて来た男の所為で叶わぬ夢となってしまった。
「何だよ…、離せ。歩きづらい」
寝不足、食欲不振、疲れ目、肩凝りと疲労の症状を挙げればきりが無いサスケの心情は、久々の恋人との再会の嬉しさよりも身体の怠さの方が勝ってしまい、首まわりに絡みついてくるナルトの腕を引き剥がしつつ低く呟く。
「うわひっでえカオ。ちゃんと寝てんのか?色男が台無しだってばよ」
しかし当の本人は堪えた様子など無く、無遠慮にサスケの顔を覗き込んできた。それだけでは無く、自然な手つきでサスケの額に触れ熱を計ろうとまでしてくる。
「心配するくらいなら今すぐ一人にしてくれ。ここんところくに寝てねえ。あとでかい声出すな、頭に響く」
愛想の欠片も感じられない程素っ気無く告げながら額に延ばされた手を退けると、ナルトはあっさりと手を引っ込めた。しかし、引き下がる気は無いようだ。どうせ食堂行くんだろ、と逃げる意思も気力も無いというのにがっちりと手首を掴まれ強制連行される。食堂へ行くなどと誰が言ったのか。一言も言っていない。
そもそも、少しでも身体と頭を休めたいサスケは、食堂で軽く食べるか、それとも何か買ってデスクで食べた後にすぐ仮眠を取るか悩んでいたのだ。それを説明するのも億劫で、抗えないままナルトについていく。そのままの流れで列に並ぶ羽目になり、サスケはわざと大きく溜め息を吐いた。
こうなってしまっては仕方無い。いずれにせよ午後からも仕事があるため、食欲が無くても流しこめそうなものを選び恋人と共に空いている席に腰を落ち着ける。向かいに座ったナルトのトレイには大盛りラーメンと炒飯が湯気を立てていた。見ただけで胸焼けがしそうなメニューに思わず眉を顰める。健康ならば食欲を刺激されたであろう見た目と匂いでも、今のサスケにはうんざりだった。そんなサスケの気持ちを知ってか知らずか、ナルトは威勢良く食前の挨拶をしたかと思えばラーメンを一口啜ってから不満そうに口を開く。
「俺さ、ほぼ毎日電話もメールもしてんのになんで全部無視なんだってばよ。つうか、同じ会社にいてなんで二週間も会えねえわけ?俺ってば寂しくてもうどうにかなっちまいそうなんだけど」
声音と表情は多少ふてくされていたものの、サスケが所属する課が忙しい事はナルトも重々承知している為、心の底から不満をぶつけている訳でも無さそうだった。ただ、久しぶりに恋人に会えた嬉しさから単に気分が盛り上がって饒舌になっているに過ぎないといった感じだ。その証拠に、寂しくてどうにかなりそうだなどとのたまいながらもナルトはチャーシューが沢山乗った大盛り味噌ラーメンと炒飯を食欲旺盛に食べ進めている。
それだけ食欲があれば問題無いだろ、と心の中だけで呟きながら、サスケは小さく息を吐いた。確かに、恋人を放ったらかしたのは自分が悪い。いくら忙しくても、電話一本、メール一通返す時間すら無いなどという事がある筈が無い。ただ、言い訳をするならば電話なりメールなりで連絡しても、会う時間も長話をする時間も作れない後ろめたさから連絡する気になれなかったのだ。
「…悪かった。今立て込んでて、家に帰れるのも二日に一度くらいなんだよ。…どうせ会う暇も無いからと思って…」
「会う暇無いなら尚更電話とかメールくらいくれたっていいだろ?二週間も待ってる方の身になってみろってばよ」
尤もな反論に、サスケは言葉に詰まる。今度は、声にもサスケを見つめてくる眼差しにもはっきりと不満の色が滲んでいた。きっと、忙しいと頭では理解していても寂しかったのだろう。当たり前だ。口に出さないだけで、サスケも同じように感じていたのだから。
忙しいから会えない、疲れているし時間も無いから話す余裕も無い。けれど裏を返せば、そういう時だからこそ、会って、話をして、癒やされたい。欲を言えば、体温の高いナルトと一緒に眠れたら、ぐっすり眠れるのだろうとぼんやり考えた事もあった。
「……悪かった」
叱責を受けているというよりも愚痴を零されているという感覚にナルトの優しさを感じて、ミネストローネを啜りながらサスケは素直に謝罪する。多分、ナルトが同じ事をすれば確実に怒鳴りつけているだろう。ただ、ナルトは二週間も何の連絡も寄越さないなどという事は絶対にしない男だ。
「……、…何飲んでんの?」
素直に謝られて拍子抜けしたのか、それとも言いたい事を言って気が済んだのか、ナルトは少し返事に困ってから話題を探すようにサスケの手元を覗き込んだ。ミネストローネ、と言おうとして、そんな料理名を言ったところでナルトが理解出来る筈も無い事に気づき、細かく切った野菜が入っているトマト風味のスープだと説明する。それでもピンと来ないらしく頭上に疑問符を浮かべたような顔をしているナルトに、サスケは無言のままスープカップを差し出した。たったそれだけの事で嬉しそうにぱっと表情を明るくするナルトが可愛くて、サスケは密かに口元を緩める。会ってしまえば、何故今まで放っておけたのかと思うくらいには、サスケも恋人を愛しく感じていた。
「…んー…、…サスケこの味が好きなの?つうかお前、そんなんで足りるのかよ。女の子みてえ」
案の定、ナルトはスープを一口飲んだだけでカップをサスケのトレイの上に戻し露骨に眉を寄せる。そのままサスケの昼食のメニューに視線を滑らせたナルトの言葉に、咄嗟に言い返す事が出来なかった。
サスケのトレイの上には、ミニサラダとミネストローネ、それからクロワッサン。食欲が無かった為サラダとスープくらいなら胃に流し込めるかと手に取り、午後からも体力をもたせる為に炭水化物を追加した。米の方が良いかとも考えたのだが、ろくなものを食べていない胃に米は随分重い気がしてやめておいたのだ。生憎、今日は偶然おかか味のおにぎりが無かった事も大きい理由のひとつだった。
ぼんやりした頭でふらふらとナルトの後をついていきながら目についたものをトレイに乗せたため深く考えていなかったのだが、料金を払ってしまってからまるで女子社員のようなメニューだなとサスケも微妙な心持ちになっていたためナルトの突っ込みは逆に有難かった。
否定も肯定もせず曖昧に相槌を打ってサラダを口に運ぶ。ドレッシングの酸味が食を進めるのに役立ち、スープとサラダは難無く胃におさまった。廊下を歩いていた時はもう何も食べなくとも構わないからデスクで寝てしまおうかと思っていたくらいだっただけに、自分でも驚きながらクロワッサンに手を伸ばす。視線を感じて目の前に座る恋人を何の気無しに見やれば、慌てたように目を逸らされて首を傾げた。
それにしても、成人男子の食事とは言えない献立である点はさておき、あれほど食欲が無かった筈なのにいったいどうしたというのだろう。スープやサラダはともかく、水気の少ないパンですら食べるのがそれ程苦では無かった。ナルトのおかげなのだろうか。きっと一人ではドリンクタイプのゼリーで済ませてしまっただろうと予想出来るだけに、気分が違うだけでこうも差があるものかと不思議な気持ちになる。
「サスケのとこは一日中パソコンとか書類とにらめっこなんだろ?昼くらい、沢山食って沢山しゃべらねえでどうすんだってばよ」
やけに弾んでいるのに不自然にこもっている声が気になって視線を上げれば、ナルトが炒飯を口いっぱいに頬張りながらもごもごと言葉を発していた。ちいさな子供じゃあるまいしと呆れるが、注意する気も起きない。ひとつ溜め息を吐いて、クロワッサンを咀嚼しつつ容赦無く言い放つ。
「…お前は喋るのも仕事のうちなんだろ。昼くらい黙ってろ」
「ちょっ…、オイこら!何のつもりだ、…離せ!」
半ば引き摺られるように強引に手を引かれ、サスケは周りの目を気にしながらも抗議の声を上げた。痕がつきそうなくらいきつく握られている手首が痛い。おまけに容赦無く引っ張られ、恋人が何をしたいのか理解出来ずサスケは混乱する。ただでさえ過労と寝不足で頭が回らないのだ。意外性が売りのこの男の行動などこんな状態で読める筈が無い。
食事を終えた後、親切にもサスケの分まで片付けを申し出るナルトの厚意を素直に受け取り、サスケは食堂のテーブルに肘をついた。遠いせいもあるが、昨夜も自宅に帰っていない。別にそれが物凄く困るという訳でも無いが、洗濯物は溜まる一方だし冷蔵庫の中身も気になる。シャワーくらい会社で浴びる事が出来るし仮眠室もあるが、やはり寝る時くらいは自宅で無ければ落ち着かなかった。ぼんやりとそんな思考に身を浸していると、うちはさん、と声を掛けられて顔を上げる。
「……?」
「隣の課の安藤です。同僚に、うちはさんが私と同じ大学だったって聞いて。お話してみたいなと思ってたんです」
隣の課、という事は分かれてこそいるが同じ設計課だ。顔も名前も記憶が無く、サスケは返答に困って言葉を詰まらせた。普段なら知らない相手に話しかけられても無難に流す事くらい出来るのに、疲労が重なって頭が上手く働かない挙げ句に、ナルトと一緒に居たため完全に気を抜いていた。咄嗟に言葉が出ずに焦って視線が泳ぐ。
「あー悪ィ。サスケ今ちょっと具合悪くてさ。また今度にしてくれってばよ」
突然頭上から降ってきた声に驚いて振り返ると、いつの間にか戻ってきていたらしいナルトがサスケの髪をわしゃわしゃと無遠慮に?き雑ぜながら女子社員に笑顔を向けていた。
「あんまり無理すんなって言ってんだけどさ。ゴメンな」
人懐っこい笑みを浮かべてナルトが付け足すと、女子社員は慌てた様子でサスケに謝罪して小走りに食堂を出て行ってしまう。その後ろ姿を見送りながら、サスケはみっともないところを見られた気まずさに僅かに眉を寄せた。
「なに気怠さで女の子魅了してんだってばよ。ほんっとお前、イヤミなくらいモテんだな。その割りに、気の利いた断り方も出来ねえでどうすんだっての」
「……そんなつもりじゃない…」
サスケと違いナルトは四年も勤めているだけあって、違う課であっても社内に知り合いが多いようだった。社交的な性格も手伝ってのことだろう。そう思うと、サスケが居ない間にこの会社で彼がどういう風に過ごしてきたのか気になる時もあった。しかし、遠距離で付き合っている間もナルトは休みになれば電車で二時間かかるサスケのアパートを訪れていたのだ。サスケが心配するような事などあった筈も無い。
――と、ここまでがつい先程の出来事である。その後無言で手首を掴まれたかと思うと、半ば強引に立たされ食堂から連れ出された。そのまま再び強制連行されて、サスケは訳が解らないまま引き摺られるに等しい勢いで移動させられている。
「…っ…おいっ…、ナルトっ!いい加減に…」
「サスケのこと、抱き締めてえ。ちゅうしてえ。ちょっとだけだから、付き合って」
「…はあっ!?」
思いもよらない返事にサスケの声は裏返った。抱き締めるというのはともかく、いやこれも全然全くともかくでは無いが、キスしたいだって?一体どこで。まさかこの男、抱き締めてキス出来る場所を探して引っ張り回しているのか。ここをどこだと思ってるんだと、サスケが頭に浮かんだ疑問と文句を口に出そうとした時、一際強く腕を引かれて来客用のトイレへ連れ込まれた。普段来る機会が無い場所である為知らなかったが、来客用だけあって普通のトイレより広いし綺麗だ。いや、そんな事に感心している場合では無い。
「ちょっ、…ナルっ…、……っ!」
連れ込まれた場所でようやく自分がどんな状況に追い込まれているのか自覚したサスケが本気で声を荒げようとするも、抗議を舌に乗せようと口を開いた時には既に個室の扉に背を押しつけられ、両腕で閉じ込められるようにして強引に唇を奪われていた。
「…ん、…っ!」
咄嗟に腕に力をこめ相手の胸を押し返そうとするも、寝不足と過労が祟った状態では驚く程力が入らず無駄に終わってしまう。圧倒的な力で抑えつけられてすぐに身動きが取れなくなった。顎を強く掴まれ反射的に口が開いたところに熱い舌が捩じ込まれる。
「…んんっ、…ん…ー…!!」
あまりに長く深い口付けに息苦しさを覚え、耐えきれずサスケはナルトの胸を拳で叩いた。肘が壁にぶつかって多少物音がしたがそんな事に構っていられない。ただでさえ寝不足だというのに、酸素が足りなくて頭がぼうっとする。苦しさに視界が滲んだ。
「…は…、…はぁっ…」
やっと解放されると、情けない事に息が上がっていた。肺に酸素を取り込もうと、自分でも無意識のうちに肩が上下する。瞳を薄い膜で覆った涙で視界がぼやけて、互いの口から引いた唾液の糸も良く見えなかった。
「キスだけでそんなわけわかんねえみたいになっちまうの、反則だってばよ。…すげえエロい…」
随分勝手な事を言う恋人に反論する気力も余裕も無く、サスケは崩れ落ちそうになる膝を叱咤して必死に身体を支える。後ろの扉に凭れていなければ、とっくに立っていられなかっただろう。
「…な、サスケ。俺の咥えてくれねえ?」
この自己中心的な男を何と罵ってやろうか、しかしその前に来客用のトイレから出なくては。出来る限りの力をこめてナルトの胸を強く押そうとした瞬間、耳元に吐息と共に吹き込まれた低い声に、サスケはほとんど戦慄した。一瞬冗談かと思い諫めようと口を開きかけるが、ナルトの声も瞳も、切羽詰った熱を孕んでサスケを捕らえる。本気なのかコイツ、こんなところで。
「…てめ、ふざけんじゃ…」
「本気だってばよ」
「……っ!」
「俺、一途だから。サスケから電話もメールも無視されても、会えなくても、浮気なんてしないでイイコに待ってたんだぜ。おかげですげえ欲求不満」
「…な、…っ」
何とか止めようと思うものの、すぐには言葉が出て来ない上に、いつの間にか上着の中に差し込まれた手にシャツの上からキュウ、と乳首を摘ままれて声を殺すのに必死になった。
「サスケだって溜まってんだろ?なァ」
指先で摘んだ胸の突起をきつく捻りながらナルトがねっとりとした声で囁く。太腿に熱いものが押しあてられ、半ばパニックに陥りそうになる。
「…ざけ、んな、…っァ…!…ん、なの、…てめ、…ひとりでっ…」
「だァから、ひとりではやり飽きちゃったんだってば。…そういうサスケは、抜いてなかった…みてえだな。まあ、そんな暇ねえか」
興奮に上擦ったナルトの声に揶揄の色が滲んでいる事に気づき、促されるように視線を落とす。信じられない事に、ナルト程露骨にでは無いもののサスケの下肢は熱を持ち始めていた。
「……な…、…」
自覚が無かっただけに驚きを隠せず僅かに瞠目すると、ナルトがちいさく笑いを漏らす。
「吐き出しちまわねえと身体に悪いぜ。…な、俺がサスケもよくしてやるからさ、咥えてくれってばよ」
普段は爽やかな空のように澄んだ瞳が、今は欲に塗れてサスケを捕らえて離さない。瞳も、声も、ぬくもりも、掴まれた感触ですら、ナルトがひとたびそういう意思を持てば、湧きかえる熱となってサスケを翻弄する。
抗えない。そう悟ったサスケは、ひと呼吸の後深い溜め息を吐き、諦めて身体の力を抜いた。それを感じ取ったナルトがニシシ、とまるで子供のように歯を見せて笑う。こんな時にそんな顔をするなんて、反則なのはどっちだ、という呟きは再び重なった唇の隙間から吐息となって零れ落ちた。
「…っふ、……うぅ…っ」
喉奥まで猛りを咥えて頭を揺すれば、頭上から感じ入った吐息が漏れるのが聞こえた。溢れ出してくる先走りと自分の唾液が混ざり合い、恋人の熱を唇で扱く度卑猥な水音が耳に届く。スーツを汚す訳にはいかない為、口内に溢れる液体を飲み下しながら愛撫を続けるが、それでも口端から飲みきれなかったものが伝って首筋まで垂れ落ちていった。
「サスケの、さっきより勃ってる。俺の咥えてんの、興奮する?」
もう自覚くらいはしているが、頭上から聞こえる愉しげな声に肯定を示すのはどうしてもプライドが許さなかった。唾液と混じり合った先走りが顎を伝い首筋に流れ落ちていくのを気持ち悪いと思う余裕も無い程に、熱く脈打つ猛りに口内を犯される感覚に身体が熱くなっていくのが解る。ナルトに咥え込む快楽を覚えさせられた腹の奥がじんじんと疼く。ナルトの言う通り、最初に口づけられからかわれた時にはゆるく反応していただけだったサスケの下肢は、今では下履きが苦しいくらいに堅く勃ち上がっていた。こんな自分の身体が恨めしい。
「…ん、…ンっ…、…」
いくら滅多に人が来ないとは言っても、いつ誰が来るか解らない場所である事に変わりは無い。出来るだけ早く済ませねばと、サスケは口淫に懸命になってナルトを高めていく。サスケの上手いとは言えない愛撫だけではもどかしいのか、無造作に髪を掴まれ軽く腰を揺すられて苦しさに小さく呻いた。
口内におさめているものが段々と大きさを増し、口に含めないくらいに張り詰めて押しあてた舌に脈動が伝わってくる。恋人の限界が近いのを感じて、奥まで咥えられなくなった代わりに根元を指先で刺激し裏筋に舌を這わせていると、不意に下肢に強い衝撃を覚えて思わず相手の高ぶりに歯を立ててしまった。
「…ひっ、…ァ、…ぅ…っ!」
歯をたててしまった事を謝罪する暇も無く口内に勢い良く大量の精が注ぎ込まれ、喉奥に叩きつけられるそれに噎せそうになりながらも何とか飲み下す。咳き込みたいのを堪えて粘ついた体液を飲み込む苦しさに、生理的な涙が零れ落ちた。
「…ぅ、…っ、……っ」
「…サスケ、大丈夫?」
口に掌を当て咳をするのを耐えていると、ナルトが心配そうな表情を浮かべて覗き込んでくる。背中を優しい手つきで擦られると堪え切れずけほ、と小さく咳が漏れた。衣服の中で主張していた下肢を踏まれて達してしまったのだと、やっと気づいて羞恥に頬が染まる。一度も触れられず足で踏まれて吐精してしまうなんて、自分が酷く飢えた変態にように思えていたたまれなくなった。呑気に心配してくる恋人に腹が立ち、誰のせいだと責め立てようにも喋る事は叶わず、けほけほと控え目に咳をして呼吸を整える間に睨みつけてやる。
「悪ィ、一緒にイきたくてさ。でも気持ちよかっただろ?」
睨みつけられているとの認識がまるで無いかのようにあっけらかんと言われて、あまりの悪びれなさに軽く殺意が湧いた。しかも、いつの間に脱いだのか、流石に靴では無く靴下越しに踏まれたようで、そういう変なところに気を回された事が余計に腹立たしい。自分勝手な癖に勝手に気遣いまでして、ナルトはそれで満足かもしれないが、そんな抜け目無さを披露されたって嬉しくも何とも無いどころかこちらの気が逆撫でされるばかりだ。
ようやく呼吸の整ったサスケは、恋人に鋭い眼差しを向けながら立ち上がる。しかし、膝が震えてバランスを崩してしまい、咄嗟にナルトに身体を支えられて自分の情けなさに唇を噛んだ。それだけでは無い。解っている。頬を上気させ、涙で潤んだ瞳で睨みつけても効果など無いに等しいだろう。
「…てめえ、どうしてくれんだよ…」
衣服を着込んだまま達してしまった為中が気持ち悪い。ただでさえ本調子では無くて集中力を欠いているのだ。こんな状態では気になって午後からの仕事がまともに出来ない。
「脱いじまえばいいじゃねえの、ズボン穿いてんだし」
他人事としか思っていないような答えに、怒るよりも先に呆れて言葉が出なかった。本気で言ってるのか、コイツ。この期に及んで殺されたいのか。
「それとも、俺の脱いで貸してやろっか?あ、お前トランクスは嫌なんだっけ」
能天気な声で続けられる言葉に怒りが増長し、何がおかしいのかへらへらしている恋人を視線で黙らせた。全く悪びれた様子の無い態度が癪でそろそろ本気で殴ろうかと拳に力を込める。しかし、不意に抱き寄せられ腰のラインを撫でられただけで身体が震えた。
「…はぁ…、でも、こんな事しちまうともっとサスケのこと欲しくなるってばよ…」
「…っ、…ふ、ふざけんな…!」
拒絶しようと絞り出した声は震えていた。ナルトが小さく笑う。下に見られた気がして、なけなしのプライドが揺らぐ。何もかも気に食わない。勿論、自分の身体も。
「…な、今夜俺んち来いよ。もっとちゃんとしよ」
サスケの反応はお見通しとばかりに、腰に腕を回し身体を密着させたままナルトが低く囁く。普段はあまり聞く事の無い掠れた低音に、サスケはそれだけで総毛立った。ゾクゾクとした快感が背筋を駆け、それだけで再び身体が熱くなるような気すらしてしまう。たった今、熱を吐き出したばかりだというのに。
「……、…最近まともに寝れてねえって言っただろ。そんな暇があったら家に帰って寝る…」
抗うのを諦めて身体の力を抜き、抱き締められた体勢で疲労に任せてナルトの肩に頬を押し当てる。体温の高い身体に凭れながら小さな声で呟いた。随分勝手な事をされたというのに、ナルトのぬくもりが心地良い。触れていると落ち着く。支えられていると思うと安心した。こんな風に身体を預けて抱き締められていると、今にも眠ってしまいそうになる。そんなサスケをどう捉えたのか、ナルトは殊更優しい手つきで髪や背を撫でてくれている。
「でもさ、サスケのアパートってここからだと電車で二時間だろ?俺のうちに来れば、電車乗ってる時間でゆっくり食ってエッチも出来るじゃねえの。疲れてんならマッサージもつけるぜ?」
サスケが黙って大人しくしているのを良い事に、ナルトは都合の良い事ばかりを並べたてて穏やかな声で提案した。質が悪いのは、彼の言う事全てが正論だという事だ。
溜まってんのも身体に良くねえと思うけどと、更に勝手な持論を展開させながらナルトの掌が下肢に伸ばされる。これ以上無いくらいに優しい手つきで股間を撫で上げられて、びくんと身体が大きく跳ねた。
「…ぁ…っ!」
「な?こんなに敏感になってるしさ。あ、それは元からか」
サスケの大袈裟な反応に気を良くしたのか、ナルトが愉しげに口元を引き上げる。疲れていると何度も言っているにも関わらず、全く聞く耳を持つ様子が無い恋人が腹立たしくて無言のまま眉間に皺を寄せた。
しかし一番腹が立つのは、寝不足で疲れている筈なのにも関わらず、ナルトに触れられれば、まるで今まで忘れていた欲を身体の奥から引き摺り出されたように熱くなる自分の身体だ。確かに今考えれば、溜まっていると言われる日数はゆうに何もしていなかった気がするが、ほんのつい先程まで疲労と眠気しか感じていなかったのだ。身体も頭もやけに重くて食欲すら無かった。そんな時にこの男に捕まったのだ。
ナルトに触れられたところから、見つめられたところから、火を灯されたように熱くなる。それを自覚してしまえば、選択肢などひとつしか無い。
「…解った。今日は、…なるべく早く上がって、……お前の家に、行く…」
一度は熱を吐き出したものの、ナルトに慣らされた身体がそれだけでは足りないと訴えてくる。腹の奥が切なく疼いて、恋人と繋がる事を欲してしまう。短くは無い付き合いの中で、そういう身体にされてしまった。目の前で満足気に笑う男が恨めしい。
「おう、待ってるってばよ!俺は今日定時だからさ」
望んでいた約束を取り付けて満足したのか、ナルトは嬉しそうに破顔してサスケをぎゅうっと抱き締め、頬に唇を一度押し当てるとあっさり個室を出て行ってしまった。二人揃って来客用トイレから出て行くところを誰かに見咎められでもしたら都合が悪い。もう暫く時間をおいてから出ようとサスケは再び個室の扉を締め、そこに背を預ける。トイレの出入口から聞こえてくる調子っぱずれの鼻歌に無意識のうちに表情を緩めるも、ナルトが遠ざかるにつれそのメロディが聞こえなくなると熱い息を吐き出した。
手首も、腕も、腰も、ナルトに触れられたところ全部が熱い。胸が苦しい。身体が火照る。サスケは自分の身体に両腕を回して抱き締めた。今夜ナルトのアパートへ行くと、そう考えただけでもゾクゾクと背筋が震えて身体の芯が熱を持ちそうだった。会うのは二週間振りだったが、ナルトのアパートを訪れるのはもっと久し振りだ。容易く離して貰えるとは思えない。
しかし、まるで、これでは。
…クソ、俺の方が期待してるみてえじゃねえか…。
身体に纏わりつく熱を振り払うようにかぶりを振って深呼吸する。いつまでもこんなところに篭っている訳にはいかない。早く落ち着かなければ。
数度ゆっくり深呼吸すると速まっていた鼓動もだいぶ落着きを取り戻し、サスケは安堵に胸を撫で下ろした。しかしその途端、静かな空間に響かんばかりに腹の虫が騒いで、誰も居ないのにびくりと肩が揺れる。
「…く、……くくっ…」
一体何をやっているのだと、あまりに馬鹿馬鹿しくて思わず笑いが漏れた。ナルトにほんの少し触れられただけで欲情し、熱を吐き出してしまえば今度は眠気と食欲なんて、本能的過ぎてどうしようもない。
しかし、食欲が湧いた事に関しては恋人に感謝しようと心の中で呟きつつ、サスケは取り敢えず備え付けの紙で白濁を拭ってから来客用のトイレを後にした。一度空腹を認識してしまえばどうにも無視出来ず、改めて先程のメニューがいかに少なかったのかを思い知る。昼休みが終わらないうちに何かデスクで手軽に食べられるものを買ってこようと考えると自然と足取りも速まった。それから、スタミナ馬鹿の恋人に今夜は程々にしろと言い聞かせて、同じベッドでゆっくり眠りたい。安心して良く眠れそうな気がする。足早に歩を進めながら、サスケは無意識のうちに口元を綻ばせた。
社内をうろうろしてナルトに会うのは何となく気まずくて、一度外へ出てすぐ側にあるコンビニへ入った。サンドイッチとコーヒーを買うついでに下着にも手を伸ばすが、下履きだけをカゴに入れるのは何となく気が引けて、結局シャツや靴下など下着一式を購入する事にする。高いものでもあるまいし、これならば会社に泊まり込んで仕事をしているサラリーマンの買い物に見えるだろう。
ビニール袋を提げて昼休憩終了間際に自分のデスクへ戻ると、何か置いてあるのが目についた。明らかに精力増強系と解る栄養ドリンク、それから大豆バーやチョコレートバーなどの栄養食。栄養ドリンクの瓶を重石代わりにして残されていた小さな紙切れを拾い上げて目を通す。
今夜は早く来いよ!晩飯用意して待ってるからな!
お世辞にも綺麗とは言えない、いやむしろはっきり汚いレベルの字で走り書きしてあった。こんなメモが残されていなくとも十中八九ナルトだと想像はついただろうが、普段手紙など遣り取りしないだけに恋人からの書き置きは新鮮だった。几帳面に四つ折りにして丁度手に持っていた財布にしまう。
それにしても、アイツ社内の伝言もこんな風に書き置きしているのか、もしそうだとしたら一言くらいしてやらないと同僚が不憫だと、そんな風に考えながらデスクにつくと隣に座っている先輩社員と目が合った。
「それ、さっき施工管理課のうずまきが鼻歌歌いながら置いてったぜ」
にやにやと揶揄の笑みを浮かべながらからかわれると、先程の記憶が鮮明に蘇り一瞬のうちに頬が熱くなった。露骨な反応をしてしまうと怪しまれそうな気がして、咄嗟に手近にあった設計図で顔を隠す。お前ら仲いいよな、と言葉を続けられても何と返せば良いのか解らず、自棄になって栄養ドリンクの蓋を開け一気に飲み干した。
やっぱり、あの能天気馬鹿は余計な事しかしないらしい。今夜会ったらせめて、恋人がほんの少し拗ねるくらいには焦らしてやろうと、そう考えながらサスケはサンドイッチを包むセロハンの封を開けた。