※リーマン×大学生。2014クリスマス。
五時限目が終わるのは午後六時少し前、今の時期ならばもうすっかり陽の落ちている時間帯だ。しかしそれなりに灯りが設えられている学内は太陽が沈んだからといって闇に覆われる訳でも無く、常に一定の明るさは保たれている。
屋外に出た途端吐く息に白く色がつき、容赦無く襲い来る寒さにサスケはマフラーに鼻先まで顔を埋めて小さく身震いした。十二月も半ばのこの寒さだ、五限まで講義を受ければ普段ならすぐにでも家路を急ぐであろう学生達は、今日ばかりはどことなく浮かれて落ち着かない様子に見える。それもその筈、今日はクリスマスイブなのだから当然の事だろう。
今年の七月で二十歳になったサスケは、キリストの誕生を喜ぶクリスチャンでも無ければ、サンタクロースからのプレゼントを待ち侘びる幼い子供でも無い。それに、別にクリスマスに限らず、年中行事の大半はサスケにとってどうでも良かった。……という、事になっている。少なくとも学内で多少なり付き合いのある人間の前では。
今は実家を出て大学の近くに借りたアパートで一人で生活している為行事から遠のいてはいるが、元々うちはの実家では年中行事を重んじる傾向にあった。正月や盆・冬至など日本古来のものに始まり、クリスマスなど発祥が海外のイベントでも毎年家族揃って何かしら行ってきたので、サスケ自体はどちらかというと行事に敏感なタイプに育ったと言える。父であるフガクの家系は本来日本の行事のみ粛々と大切にしてきたらしいので、きっと母のミコトが行事好きなのだろうと、夏に実家に戻った際にイタチと言葉を交わしたのは記憶に新しい。事あるごとに行事にちなんだ料理を作り、こまごまと用意するミコトが愚痴を零す姿などサスケもイタチも目にした事など無いどころか、そういう時の母は決まって機嫌が良かったから、彼女にとって年中行事はきっと苦では無かったのだろう。
そういう家庭でずっと過ごして来たからこそ、表面上は全く興味など無い振りをしながらもサスケの心はしっかりクリスマスに向いていた。もうはしゃぐ年でも無い事など解りきっているけれども、街にイルミネーションが溢れ、どこからともなくクリスマスソングが聞こえ出すこの時期になるとクリスマスを意識し始めてしまうのは、最早二十年間の習慣の所為だとサスケは心の中で言い訳をする。場所を選ばずイチャつくカップルに冷めた眼差しを向け、浮かれやがって馬鹿らしい、と内心悪態を吐いたところで、それとほぼ同時にナルトの姿を思い浮かべてしまうサスケもまた、彼、もしくは彼女らと大して変わり無い思考回路の持ち主である事など、自分が一番良く解っていた。だからこそ、悔しいのだ。滅多に会えないナルトが、いつもサスケの心の大部分を占めているという事実が。そして、それを嫌でも思い出させ眼前に突き付けて来る、恋人達が浮かれるイベントが憎らしかった。
肌を刺すような寒さから逃れるようにいつの間にか早足になっていたサスケは、不意に名を呼ばれて振り返る。見れば、良く同じ講義を受けている顔見知りの女性がサスケを追いかけて来たところだった。うちはくん、足速いね、とどことなく緊張を滲ませた笑顔で話す彼女は、クリスマスを意識しているのか真っ白なコートの下から鮮やかな赤い色のミニスカートが覗いている。
彼女の言葉にはああ、だかうん、だか曖昧に相槌を打って話の先を促せば、何の事は無い食事兼飲み会の誘いで、サスケはうんざりする気持ちを顔に出してしまわないよう注意を払った。高校生の頃は、常にナルトが傍に居たせいもあって割りと思うまま振舞っていたものの、大学に入ってからは流石にその態度を改めようと心がけるようになっていた。言動に気を遣うのは楽では無いものの、良く知らない大勢の人間に普段通りの態度で接する事で誤解を招いたり面倒な事になったりする方が余程疲れると学んだからだ。高校を卒業すると同時に、何の責任も持たなくても良い子供ではなくなってしまった事を痛感せざるを得なかった。
期待の表情を浮かべて返事を待ち侘びる相手には、出来るだけ穏やかにアルバイトがある旨を告げて誘いを断った。名前も知らない同級生はひどく残念そうな顔をした後、何か迷うような素振りを見せてから、こんな日まで偉いねと一言呟いて、待たせていたらしい友達の方へ走って行く。その後ろ姿を見送りながら、こんな日だからこそアルバイトの予定に救われているんだと溜め息を吐いた。
いくら世間がクリスマスに浮かれていようが、遠距離恋愛中のサスケは平日に恋人に会う事など出来無い。ナルトが高卒で就職し社会人になってしまった事も大きな原因のひとつだったが、それよりも物理的な距離の方が問題だった。イブの前日は毎年祝日なのだから予定を前倒ししてその日に約束するという選択肢も無い訳では無かったが、如何せん年末はどこも忙しい。それに加えて、ナルトが勤める建設関係の会社は年度末へ向けて十月後半から緩やかに繁盛期に入る。残業や休日出勤など珍しく無く、それを考慮するといくら祝日でも週半ばで連休でも無い日にわざわざナルトを遠方から呼び出すのは気が引けた。だからクリスマスは、サスケのアルバイトが終わってから電話で少し話して、会うのは週末にしようと随分前から決めてある。
肩に掛けた鞄に仕舞いこまれたハードカバーの教科書が地味に重さを主張してきて、やや速足で大学を後にしたサスケは腕時計で時刻を確認した。携帯電話が普及してからというもの、単に時計の機能しか持たない腕時計はその存在を脅かされるのでは無いかという懸念が果たして業界にあったのか無かったのかは解らないが、何かと試験がついて回る学生や、人前でやたらとスマホを弄る訳にいかないビジネスマンにとって腕時計は未だに重宝する存在である事は自明の理である。シンプルな文字盤で全体的に黒くシックなサスケのそれは、ナルトから合格祝いに贈られたものだ。どうにもその辺りの雑貨屋で買ったようには見えない高級感に驚いたサスケが問い質せば、どうやら彼は前々から大学の合格祝いにそれなりの値段の品物をサスケに贈る計画を立てていたらしい。冬休みのアルバイトで得た給料の半分近くをつぎこんで専門店で購入した事を、照れ笑いを浮かべたナルトに告白されて初めてサスケはそれを知った。時計そのものはイタチの見立てだという話だったが、その事実に嬉しさと驚きを抱くあまり、どういう訳か第一声が文句になってしまった事は流石に少し反省している。
サスケのアルバイトは家庭教師だ。大学生にしてはありがちで普通だが、生徒の家が近ければ時間のロスが少なく時給が良いのはやはり助かる。かと言って別段金に困っている訳でも無かったので、あまり予定を詰め込み過ぎて本来の目的である勉強を疎かにしないよう、多い時でも週に三日までと決めて引き受ける事にしていた。
約束の七時まではまだ時間がある為、駅前の本屋で参考書でも見てから向かうかと冷えた右手をコートのポケット突っ込んで歩みを速める。信号待ちで足を止めると同時に震えたスマホを取り出せば、ナルトから短いメッセージが届いていた。
『学校終わった?バイト何時から?』
『今出て来たところだ。七時から九時まで。その後帰るから、電話出来るのは十時くらいになるな』
かじかむ指先を動かして手早く返信し、信号が青に変わったのを確認して歩き出す。すると、横断歩道を渡りきらないうちにスマホが今度は着信を知らせ、無意識のうちに表情を柔らかくしたサスケは小さな端末を耳に押し当てた。
「メリークリスマス、サスケ!」
「今日はイブだろ、クリスマスは明日だ。毎年同じ事言わせるんじゃねえ」
「サンタは今夜来るんだからイブのが本番だろ。毎年そう言ってんじゃねえか」
聞き慣れた声がいつもに増して弾んでいるのが容易に解り、思わず口元が緩む。恋人の声ひとつでこんなにも明るい気分になれる自分は、きっと今擦れ違った腕を組んで歩くカップルと何ら変わらないのだろう。
年末で忙しい時期なのにこんな時間に電話して来るという事は定時で上がれたのだろうか、サスケの心の内に湧き上がった疑問は言葉にする前にナルトが解消した。クリスマスに予定の無い部下を憐れんだ上司が奢りで飲み会を開く事にしたとかで、今日は定時で会社を上がる事になったらしい。
「誘われちまって、何となくオッケーしちまったんだけどさ。でも、やっぱサスケとちょっとでも長く話してえから、サスケがバイト終わる頃には抜けようと思って」
「……別に、明日もクリスマスなんだから、話すのは明日でも構わない。奢りなら好きなだけ飲み食いしてきたら良いじゃねえか」
「だから、クリスマスの本番は今日なんだって。いつもそう言ってんだろ」
ナルトの背後から漏れ聞こえる喧騒がやけに耳障りに聞こえ、知らず知らずのうちにサスケの眉間に皺が寄る。そうだ、別に電話なんていつだっていい。学生の自分と違って社会人で、しかも正社員のナルトは人付き合いだって仕事のうちだ。我が儘な彼女じゃあるまいし、恋人という枠に囚われなければ、幼馴染で家族ぐるみの付き合いをしてきたナルトとは生まれてからずっとクリスマスを一緒に祝って来たと言っても過言では無いのだ。今更、イブに電話くらい出来無かったからといって何でも無い。
「ガキじゃねえんだから、後で文句言ったりなんかしねえよ。居酒屋のメニューなんかてめえの好きそうなもんだらけだろ。楽しんで来い」
「……俺は、奢りの飲み会より、イブにサスケに勉強教えて貰える女の子の方が羨ましいってばよ」
「何言ってんだ、高校の時お前には散々勉強教えてやっただろうが。それに、勉強は嫌いだってその度にごねてた癖に」
「……だって、」
「とにかく、別に何時になっても構わねえし明日だっていいから、とっとと行って来い。先に駅前の本屋に寄りたいから、切るぞ」
ナルトの言葉を遮って捲し立てると、同僚からも呼ばれたらしいナルトは渋々ながらも了承した。通話を終了させ、スマホはコートのポケットでは無くバッグへ放り込む。ナルトがメールなり何なりでもし何か連絡を寄越したとしても、アルバイトが終わる九時までは返事はしないつもりで小さく息を吐いた。
子供じゃねえんだ、クリスマスにプレゼントなんて、無くたって構わないだろ。
駅前の大通りは色とりどりのイルミネーションで明るく飾られて、夜だというのに必要以上の明るさにサスケは目を細めた。足早に大型書店の自動ドアをくぐると、店内の暖かさに肩に入っていた力が抜ける。通い慣れた書店の並びは大体把握出来ていて、サスケは比較的奥まった箇所に設置されている専門書のコーナーへと真っ直ぐに足を向けた。
午後九時までいつも通りに勉強を教えた後、機嫌の良い女子生徒に引っ張られるがままリビングに通されたサスケは、いつもありがとうございます、クリスマスだから食べていって下さい、と彼女の母親に出された皿の上に乗っているのがチョコレートケーキであると認識した瞬間思考が停止した。
派遣先の家庭と円満にコミュニケーションをとるのも仕事のひとつである為、生徒本人やその両親と数分程度でも毎回挨拶程度に話す事は、家庭教師の義務であると言っても良い。特に本格的に指導を始める前には、いつまでに何を達成するのかというような目標の設定も行わねばならない事もあって、人付き合いのスキルが高い方とは言えない自覚のあるサスケも、派遣先ではそこそこ愛想良く振る舞う努力をしていた。
しかし、会話をすると言っても、その内容は専ら生徒の話題に尽きる。何が苦手で、どういう弱点があるかだとか、その改善の為に最近どういった指導をしているかだとか、テストの結果がどうだとか。ごく稀にサスケの事を訊ねられる事もあったが、せいぜい大学で何を勉強しているのかだとかそういった当たり障りの無い話題で、サスケの方から自分の事を話す機会など殆ど無かった。故に、彼女達がサスケの食の好みを把握していないのは全く仕方の無い事なのだ。
家庭教師という立場は、往々にして気を遣われるものである。指導中もしくは指導後に飲み物を出されるのは当たり前、家庭によっては指導後に食事に誘われたりする事も珍しくは無い。食事までとはいかなくとも、ケーキやゼリー、アイスクリームなどのデザート類を提供される事も多々ある、考えようによっては得なアルバイトと言える。しかし、それは偏食無く何でも食べられる特技の持ち主の場合であって、好き嫌いのある大抵の人間にとっては有難迷惑になる可能性も十二分に孕んでいるのだ。
サスケがこの家庭を訪れるようになって数ヶ月が経とうとしているが、今までは指導後一時間が経ったところで母親がコーヒーを淹れてくれるに過ぎない程度のもてなしで済んでいた。食事に誘って来るようなところは予め嫌いなものは無いか訊かれる事が多かった事と、今の派遣先ではずっとコーヒーのみの提供だった事から、サスケは敢えて今受け持っている生徒本人やその母親に食べ物の好みの話をした事は無い。だからこそこんな事態に陥っているのだろうが、食事やデザートに誘われもしないのに前もって嫌いな食べ物を伝えておくなどという非常識な真似など出来る訳が無い事を考えると、この展開を避ける術は無かったという結論にしか辿り着かなかった。
「チョコレートケーキだけど、あんまり甘くないから大丈夫だよ。先生、いつもコーヒーの砂糖とミルク使わないから、甘くないほうがいいと思って」
「……そう、なのか」
「すみません、この子が今日はどうしても一緒にケーキ食べたいって言って聞かなくて。お口に合わなかったら残して頂いて結構ですから」
高校生に気を遣わせてしまうくらい表情が引き攣っていたのかと心配するも、生徒とその母親のにこやかな様子から考えるにそういう訳では無さそうだと判断してサスケは内心胸を撫で下ろした。出されたチョコレートケーキが甘さ控えめであると判明した事と、いつも通りにその横にコーヒーが添えられた事に安堵したサスケは礼を述べてから用意されていたフォークに手を伸ばす。こんな事をしていれば予定よりも帰宅が遅くなってしまうという危惧が頭の隅をよぎったものの、ナルトは飲み会なのだし別に構わないだろう。それなりに覚悟してからフォークの上に乗せた一口大のチョコレートケーキを口に運べば、意外にも美味しく感じられて一瞬手が止まる。心配そうな顔をしている二人に向けて美味しい、と呟けば、良かった、と心底嬉しそうに胸を撫で下ろされて悪い気はしなかった。
結局、サスケが生徒の家を後にする頃には午後九時半を回っていた。黙々とケーキを食べるという訳にもいかず世間話に付き合った結果だったが、思っていたよりも悪く無い時間の過ごし方だったと言える。今まで話題にのぼらなかった為サスケは知らなかった事だが、父親が単身赴任しているらしく、普段は母親と一人娘だけで生活している為にサスケが訪れるのをいつも楽しみにしていると告げられて、どういう顔をして良いのか解らなかった。向けられる好意に対して無関心に見えるのは失礼だろうと、愛想が足りなくてすみませんと呟けば、そんな風に思った事は無いとますます気を遣わせる始末だった。客を招きもてなす事を心から楽しめるタイプであるらしい親子の性格はサスケには理解不能ではあったが、彼女達のもてなし方が独りよがりでは無く気遣いに溢れている事には素直に感動を覚えた。自分が人付き合いを苦手としている自覚があるだけにこんな風に思える事が意外ではあったものの、女子生徒がサスケに向けてくる好意に恋愛感情が含まれているようには思えない事と、彼女の母親がどことなくミコトに似ているせいかもしれなかった。
ナルトと話をした時には面白く無い気分だったものの、時給を貰えた上良い気分で帰路に着く事が出来るのは有難い。事前に寄った書店で購入した専門書のせいで肩にかかる重みは増えた筈なのに、あまり気にならなかった。子供じゃ無いのだからクリスマスなんて関係無いと考えているつもりではあったものの、離れているせいで恋人に会えない夜に、ナルトの方は同僚と盛り上がるのかと思うとどこか嫉妬を感じていた事は否めない。そんな子供じみている拗ねた気持ちがだいぶ薄れている事に気付いてちいさく笑みが零れた。二十歳になってもこんなものかと、随分勝手な幼さを残したままの自分に自嘲気味に口端を歪めたサスケは歩行速度を上げて自分のアパートを目指す。予定通り、十時までには帰宅してナルトから電話がかかって来るのを待つつもりだった。
アパートから駅までは徒歩で数分の距離だが、生徒の家は駅を挟んで反対側にあった為、帰りも行きと同じように大通りを抜ける事になる。サスケが通う大学がある街は比較的賑わっている為十時近い時間になってもまだ人通りがそれなりで、開いている店もちらほらと見受けられた。
そういえば夕飯がまだだったと思い出すが、今は惣菜や弁当を買う事よりも帰宅する事を最優先事項と考えたサスケは足を止めずに歩いた。時々は自炊するよう心がけている事もあって、冷蔵庫の中には軽く調理すれば食べられそうなものが常備されている。料理の時間が惜しければ、冷凍室にあるものをレンジで解凍しても良いし、たまにはカップ麺という選択肢だってある。
そんな風に考えながら早足で家路を急いだサスケが十時になる十五分前に帰り着いたアパートの近くで目にしたものは、良い意味でも悪い意味でも予想外の光景だった。
「あ、サスケ。随分遅かったな。バイトお疲れ」
アパートの側にぽつんと寂しく立っている街灯に背を預け、口から白い息を吐き出して暇を潰していたらしいナルトは、サスケを目にするなり朗らかに笑って近寄って来る。
「…お…前、……なんで、……ここに」
「新幹線使って来ちまった。どうしても、サスケに会いたくてさ」
言うが早いか抱き締められて、サスケは思わず瞠目した。背に回されきつく力のこもったナルトの腕の感触、鼻腔をくすぐる彼の匂い、それから数秒のタイムラグの後に感じられたぬくもり。そのどれもがナルトの存在を如実にサスケに伝えて来るのに、考えもしていなかった事態に脳の処理が追い付かずすぐには返事が出来無かった。
「…お前、飲み会は」
「一応顔は出したってばよ。でも、急用っつってすぐ抜けて来た。彼女から連絡来たのかって散々からかわれたから、会ってくれるかわかんねえけど行って来ますって行ったら皆応援してくれてさ」
楽しげに紡がれる言葉には声も出ない。サスケの方はナルトの人付き合いを案じていたというのに、当の本人は周りに悪い印象を与えず自分の希望を通すやり方を既に習得しているらしい事実が、喜ばしくも腹立たしくも思える。
「で、そのまま駅までダッシュしたらちょうどいい時間の新幹線がいたから、なんも考えずに飛び乗っちまった。料金高いだけあって、あっという間だったってばよ」
「……無駄遣いしやがって」
「無駄じゃねえって。たまにはいいだろ、今日はクリスマスイブなんだし」
いつもよりだいぶ浮かれた声のナルトにそう言われれば、最早サスケに反論の術は無かった。物分かりの良い振りをしていても、普段なかなか会えない分、こうも周りの雰囲気に恋人の存在を煽られてナルトに会いたくない筈が無いのだ。
「会いてえって思ってすぐ電車乗っちまったから、プレゼントとか何にも用意してねえんだけど…、…ゴメンな」
「……そんなもん、……要らねえ……」
お互いの身長にさほど開きが無い為、抱き締められれば必然的に相手の顔を間近で見る事になる。久しぶりに至近距離で目にしたナルトは鼻の頭と耳に少し赤みがさしていて、いくらスーツの上にコートを羽織りマフラーを巻いていても、寒い中屋外でサスケの帰りを待っていてくれた彼の想いの強さに胸を揺さぶられた。
「そんじゃ、とりあえず今日は俺がプレゼントでもいい?」
優しい声音で紡がれるその言葉の意味が、文字通り会いに来てくれた事そのものを指すのか、それとも今後の展開を期待しているのか判断がつかずナルトの肩に埋めていた顔を上げれば、綺麗な蒼い瞳の中に映る自分の姿を見つけるよりも先に唇が重なった。柔らかなそれは気温のせいか冷えていて、触れ合っているという実感が生まれにくいにも関わらず、その感触だけでサスケの理性を溶かしていく。のぼせた頭のままサスケの方から触れ合いを深めようとしたところで口づけが解かれ、ナルトが悪戯っぽく笑ったところで、やっとここが自分が住んでいるアパートの目の前で、しかも屋外だという事を思い出したサスケは、慌ててナルトの胸を押し身体を離した。
「調子に乗るな。こんなところで、……次同じ事したら部屋に入れねえからな」
「悪かったってばよ。……な、それよりさ、サスケが前連れてってくれた近くのラーメン屋行こ。晩飯まだだろ?」
「クリスマスにラーメンかよ……」
少々名残惜しそうな素振りを見せながらも促されるまま大人しく身体を離したナルトは、鮮やかなオレンジ色のマフラーに赤くなった鼻の頭を突っ込んで小さく身体を震わせる。そういえば、引越しを手伝って貰った際に彼には合鍵を渡してあった筈なのに何故わざわざ外で木枯らしにその身を晒していたのか訊ねれば、どういう訳か一瞬目を泳がせたナルトは、ラーメン食いたかったから、と答えるなりサスケの左手を掴み歩き出した。
全く反省の色を見せないナルトの提案は、徒歩で帰って来てすっかり身体の冷え切ったサスケにとっても魅力的だったものの、二つ返事でオーケーするのも何だか癪に思える。しかし、サスケが返事をする前なのにも関わらず当の本人はこのまま直行するつもりらしく、今日は何味にしよっかな、などと呑気に呟いていた。ラーメン食ったらコンビニでケーキ買って帰ろ、と弾んだ声を出すナルトに、ケーキならもう食べたと言えば少しは嫉妬心を抱かせる事が出来るのだろうか。そんな子供じみた思考は、いつのまにかしっかり繋がれていた掌から伝わるぬくもりに気づいた瞬間に残らず霧散した。
せっかくのクリスマスイブ、世の中の恋人達のようにありふれた幸福に身を浸すのも悪く無い。サンタクロースの存在を未だ信じている子供達が翌朝目を覚ました時に喜びに瞳を輝かせるのと同等のそれを、大人になってから得られるなどとは考えもしていなかったサスケは緩みそうになる唇を噛み締めてナルトの隣に並んだ。手を繋いでも怒られなかった事がそんなに嬉しいのか、歯を見せて笑うナルトが繋いだ指先に力をこめてくる。たったそれだけの事が、信じられないくらいの幸福感を呼び起こして胸が詰まった。部屋に帰って暖房のスイッチを入れるよりも、温かいラーメンを食べるよりも、今この瞬間こそが何よりもサスケの胸を幸福と暖かさで満たしてくれる。
繋いだ手を握り返せば、調子づいたらしいナルトが指を絡めてきた。大通りに出たら離すからな、と念押しのように呟けば、わかってる、と間髪入れずに返されてなんだか申し訳無い気分になる。イルミネーションで煌く街並みよりも、話す度に揺れるナルトの明るい色の髪や、笑う度に吐き出される白い息の方が余程サスケの心を掴んで、目を離す事が出来無かった。