※リーマン×リーマン。2014サス誕。
こんな日に限って、という風に考えてしまうあたり結局のところ心のどこかで拗ねているのかと思うと自分の子供じみた思考に辟易してしまうものの、とにかくこんな日に限って、サスケは一人だった。
季節は夏真っ盛り、子供達が夏休みに入る丁度その頃、サスケは毎年誕生日を迎える。幼い頃は家族と、大学に入ってからは家族とだったりナルトと二人だったりしていたけれど、大学を卒業してサスケも就職してからは専らナルトと二人で過ごす事が多かった。就職してからは誕生日だろうが世間が夏休みだろうが仕事があったし、帰りが遅くなればわざわざ実家に寄るのも憚られる。誕生日祝いに両親と食事をしたりする事はあったものの、それは仕事が休みである土日の話だ。
とはいうものの、ナルトが毎年サスケの誕生日には意地でも定時で上がると聞かず、二人で少し値の張る夕食を食べに行ったりレイトショーを観に行ってみたりと、それなりに何か普段とは違う過ごし方をしてきた。ナルトが意地になるのでサスケも彼に付き合う他無く、成人してから気恥ずかしい話ではあるが、結果お互いの誕生日は定時で上がるという暗黙の了解が出来ている。
ところが今年は、丁度サスケの誕生日を挟んでナルトに出張の予定が入ってしまったのだ。元々近場であれ日帰りであれあちこちに飛び回っているようだったし、いつかそんな事もあるだろうと何となく考えていたサスケの返事は「そうか」の一言だったのだけれど、その反応に文句をつけたのはナルトの方だった。
なんでだよ、別に怒ってくれていいのに、ホントにゴメン、と謝っているんだか怒っているんだか良く解らない勢いで捲し立てるナルトに出張先を聞いたサスケは、連日謝罪を繰り返すナルトに生返事をしつつ、土産に変なものを買って来ないよう念押しして恋人を見送った。それが三日前の話である。
大卒二年目のサスケとは違い、高卒で入ったと言えどナルトはもう入社六年目だ。責任ある仕事を任される事も多くなっているらしく、それ自体は喜ばしい事だとサスケも思っている。
子供じゃあるまいし、誕生日を当日に祝って貰う事に拘りがある訳では無い。ナルトはしきりに埋め合わせするから、と言っていたが、別に彼のせいでは無い事くらい解りきっているし、そんなものを求める程サスケも我が儘では無かった。だが、ナルトがどうしてもと言うならば、家の大掃除でも料理でも何でも、彼の気が済むまで用事を言いつけてやっても良いだろう。
サスケの願いは、お土産いっぱい買って来るからな!と元気良く出て行った恋人が無事に帰って来る事だけだ。特に欲しいものがある訳では無いし、土産なんてあっても無くても構わない。いやむしろ、センスがあるとは言い難いナルトが選んだ土産など、少なければそっちの方が良いに決まっている。そもそも、ナルトの好きなものばかりが揃う出張先だ。せいぜい御当地ラーメンを買い込んで来るに決まっているし、使い道に困るものよりはいっそその方がサスケにとっても有り難い。どれもこれもラーメンなのにも関わらず、味の違いをひとつずつ説明するナルトの様子が容易に想像出来て、知らず知らずのうちに口元が綻んだ。
仕事を終え、スーパーに寄って適当に食べ物を調達したサスケは帰宅するなり烏の行水で風呂を済ませ、冷蔵庫に冷えていた缶ビールを片手にテーブルについた。喉の渇きを潤す為先ずはその中身を半分程飲み、一旦冷蔵庫に戻すと余っている材料を一瞥する。使いかけの野菜が何種類か残っていて、適当に炒めれば何とか夕食になりそうだった。
ナルトに野菜を食べろだのラーメンばかりでなくきちんとした食事を摂れだのと小言じみた事を言っていたのはサスケが二十歳になるくらいまでの話で、料理に関してのみ言えば今ではすっかりナルトの世話になっている。いつの間にかサスケがぐうの音も出ない程料理上手になっていたナルトは、どうやら料理する事が苦では無いらしかった。物好きだな、と揶揄交じりに呟いたサスケに対して、サスケにウマイもん食わせたくて勉強したんだってばよ!と屈託の無い笑みで返されれば、恥ずかしいやら変なプライドを刺激されるやらで黙る他無かったのを覚えている。しかし、理由はともかく、高校を卒業したての頃はカップ麺にお湯を入れるくらいしか出来無かった男がすっかり見違えて、今では小さな店すら開けそうだと思う程だった。
ナルトがそんな調子だった為、彼との生活に甘んじて何となく料理をないがしろにしたまま生活してきたサスケの腕はお粗末なものだ。全く出来無いという訳では無く、とりあえず食べられるものは作る事が出来るものの、とてもではないが人に出せるようなものを作る事は出来無い。
一人だけの為に米を炊くのも面倒で、冷凍庫にまだ幾つか残っていたものをレンジで暖め直し、残り物の野菜は適当に刻んでフライパンで炒める。買ってきた新鮮なトマトはくし切りにしてそのまま皿に盛り付けた。
ナルトは冷凍にするより炊きたての方が旨いのにと渋い顔をするが、こういう時に炊いた米を冷凍しておくと便利だ。惣菜ならば外で買って帰っても良いが、こと米に関しては自分で炊いた方が遥かに安上がりだし、売っているものより味も良い。
テーブルの上に皿が揃うと、特に見たい訳でも無いにも関わらずスポーツニュースにチャンネルを合わせてしまう。そんな自分を恨めしく感じても、他に見たい番組がある訳でも無い為、チャンネルをひとまわりさせたところで結局はそれに落ち着く他無いのだ。いつもナルトが見ているからというそれだけの理由で、すっかり見る事が習慣化してしまっている。
恋人の居ない部屋はとても静かだ。ナルトが頻繁に訪ねて来ていたとは言っても、大学に通う四年の間は当然のように一人暮らしをしていたのに、ナルトと同居を始めて二年で、サスケは彼が居ない間の過ごし方がすっかり解らなくなってしまっていた。
別に職場で嫌な思いをする訳でも無ければ、普段ストレスを溜め込む生活を送っている訳でも無い。忙しい時に睡眠不足になる事を除けば仕事は順調と言って良いしプライベートにも満足している。
それでも、ナルトの声を聞くだけで、顔を見るだけで満たされる幸福感を、彼に触れられる事でしか満たされない甘い欲を知ってしまえば、もう忘れる事は出来無い。恋人の不在を寂しいと感じるようになるなんて、数年前の自分は想像もしていなかっただろうと自嘲気味に息を吐く。良くも悪くも、ナルトの存在が大き過ぎるのだ。質の悪い事に、今更どうしようも無い。
不意にスマホの呼び出し音が鳴って、ほろ酔い気分で少々眠くなっていたサスケは驚きにちいさく肩を跳ね上げた。僅かな期待に速まる鼓動を感じつつその辺に放置していたスマホに手を伸ばすと、画面に映し出される名前に胸があたたかくなる。
「サスケェ!!誕生日おめでと!」
すぐに出るのは待っていたと言わんばかりで少々躊躇ったものの、結局は手に取るのとほぼ同時に電話に出ていた。瞬間、うるさいくらいの大声が鼓膜を震わせる。
コイツ接待か何かで酔っ払って日付間違えてんじゃねえのか、そう言ってやろうかと口を開きながら部屋の掛け時計を一瞥すれば、時計の針は丁度零時を示していた。用意していた悪態を引っ込め、代わりの言葉を探す間何も言えないでいると、何かあったのかと心配そうな声が耳に届き慌てて否定する。
「…接待とかで、夜遅いと思ってたから…、まさかこのタイミングで電話が来るとは思わなかったんだよ…」
「あー、俺もそうなっちまうかと思ったんだけどさ。取引先の人が糖尿病だか何だかで、酒とかコレステロールの高いもんがダメだっつーから、早々に解散になって。まあ、遅くまで飲んでても抜け出して電話くらいしたけどな!」
それでも多少酒は入っているらしく、ナルトは上機嫌に捲し立てた。その後せっかくだからと屋台でラーメンを食べた事、軒を連ねる店の数の多さに感動してどの屋台の暖簾をくぐろうか迷った事、結果入った店のラーメンが美味しかった事など、サスケが相槌を打つ暇も無い程饒舌に言葉が続く。楽しそうな顔が浮かぶようで、無自覚にサスケの口元が緩んだ。
「あ、悪ィ悪ィ、んな事どうでもいいよな。とりあえず、誰より先にサスケにおめでとうって言いたかったんだってばよ。……おめでと、サスケ。一緒に居られなくてゴメンな」
言いたい事を一通り話し終えて少しは落ち着いたのか、先程よりは話す速度と声量をだいぶ落としたナルトが、照れたように申し訳無さそうな声で呟く。サスケに向けられた祝福と謝罪の言葉は他の話題と比べて丁寧に紡がれている事が解り、それだけでナルトがどれだけこの日を大切に考えていてくれるのか伝わった。
「別に、構わない」
お前さえ居てくれれば、別にそれで。続く言葉は心の中だけに留め、サスケは穏やかに言葉を紡ぐ。どれだけ離れていようと、数日後には会えるのだ。今すぐ会いたいだとか、誕生日に祝えなければ嫌だなんて今更言う間柄では無い。
「帰ったらちゃんとお祝いしようぜ。ケーキ…は要らねえなら俺なんか作るし、プレゼントも渡したいし」
「ガキじゃねえんだ、そんなに気遣わなくていい」
「気ィ遣ってんじゃねえって、俺がやりてえの!ちゃんとお祝いするからな!」
「解った解った、好きにしろ」
軽くあしらいながらも、サスケは内心ナルトのもてなしを期待していた。甘いものを好まないサスケにとって、店で買うものよりも、意外と料理上手な恋人が作ってくれる食事の方が余程楽しみなのだ。
「あ、あとさ、いつかこっちに旅行しようぜ。屋台のラーメンもとうもろこしもすげえ旨えの!魚介も有名だしさ、ほら、ジンギスカン?とかスープカレーとか、他にもいろいろあんだろ」
「…食い物ばっかじゃねえか…。好きなだけ食ってくれば良いだろ、今なら三食ラーメンとかでも文句を言う奴も居ないぞ」
「旨かったからサスケと一緒に食いてえんだってば。観光もしてみてえし…、それに、こっちの野菜は美味いって評判みたいだぜ」
「…休みが取れればな」
つい素っ気無い態度になってしまうものの、ナルトの提案は魅力的だった。サスケ自身特に旅行が好きというタイプでは無かったが、計画を練る段階から準備する間、旅行している期間、帰ってきてから暫くとずっとうきうきしているナルトと旅をするのは満更でも無い。その上、計画や手配は何から何までナルトがやりたがるのだから、楽な事この上無いのだ。
ただ、二人が勤める企業は忙しく、特に人と会う仕事が多いナルトが長期休暇を取れるかどうかは微妙なところである。彼自身もそれを解っているだろうが、それでも何かと出掛ける事が好きなナルトは遠方に足を運べば気分が高揚するのだろう、出張帰りに旅行雑誌でも買ってきそうな勢いだった。
次の日の予定や今日目的地へ行く途中で見たものの話を続ける相手を制し、土産話は帰ってから聞くから早く寝ろと言えば、渋々ながらもナルトは承諾した。サスケとて気持ちは解らないでも無いが、翌日も朝早くから予定が詰まっている事を知っている。観光や外回りが好きなナルトだからこそ、寝不足に悩まされず旅先での時間を楽しんで欲しいとの思いから言っているのだ。そんな理由は、絶対に口にしてやらないけれど。
「言っておくが、土産に熊の木彫りとか鹿の角とか買って来るんじゃねえぞ。んなもん買って来たら家に入れねえからな」
電話を切る間際にそう付け足せば、ナルトは受話器越しに笑って相槌を打った。プレゼントや土産もののセンスが良いとは言い難いナルトも、流石にどういう振る舞いをすればサスケに怒られるかという程度の予想はつくようになったらしい。
サスケの方から通話を終了させ、満たされた胸から幸せな気持ちを零すようにちいさく息を吐いた。今は距離に隔てられて見えない恋人のその笑顔を直接瞳に映す事が出来る数日後がひどく遠くに感じられる。大荷物を抱え瞳を輝かせて玄関の扉を開けるナルトの様子が容易に想像出来て、笑みが浮かぶのを堪えきれない。今電話を切ったばかりだというのに、その瞬間が待ち遠しくてカレンダーに視線を巡らせた。