プロローグ


※パティシエ×リーマン。プロローグ的な、キャラと設定説明話。まだ設定がふわっふわの状態ですが(笑)
 急に書きたくなって、ろくに資料集めもしてないのでイメージパティシエも甚だしいです……。
 サクラちゃんほとんど出てこないし昔の話だけど、過去回想でちょっとだけナル→サク要素あるので注意。
 『les feuilles(レ・フュイユ)』はフランス語で葉(複数形?)って意味らしいです。






 開店時間に間に合うように当日販売分のスイーツとショコラを用意して、一息吐く。デリケートな食品を扱うパティスリーの中は常に空調がしっかりしていて涼しく感じるものの、自動ドアのガラス越しに眺めた外は一目で陽射しが強いと解る。日傘を差して店の前を早足で通り過ぎる女性をぼんやりと見送りながら、今日も暑くなりそうだなと心の中で呟いた。
パティシエ自らやらずとも商品の陳列や接客の為に雇われた専用のスタッフも居るには居る。シフト制で勤務している彼らでも十分に仕事をこなすことは出来た。
しかし、勤めて約二年になるパティスリーは個人経営である為、店舗全体の人数がそれ程多くない。ナルトが接客好きという事もあって、仕込みなどが忙しくない時間帯には店に立つ事も多かった。接客スタッフも勿論商品の説明くらいは出来るよう研修を受けてはいるものの、直接客に自分の作ったスイーツの説明をし、選ぶ手伝いをするのはナルトの楽しみでもある。

「サスケ、今日は来るかなぁ」

「キミ、最近そればっかりだね。あんな無愛想な客のどこがいいのさ」

 十時の開店に備えて準備を終えたナルトの独り言に反応したのは、接客スタッフとして雇われている水月だった。
 普段はそこまで仕事熱心には見えない水月は、それでも女性客受けが良いと評判の販売専門のスタッフである。あんなの嘘八百だよ、と言いながら口は上手いし愛想が良いおかげで、折角店に来ても自分で食べたいものを選ばずに水月のお薦めを買って帰る客もいるくらいだった。

 「わかってねえなぁ、そこがいいんじゃねえの。すげえキレイだし」

 うんざりした顔の同僚に笑顔を返し、今日も見目良く仕上がったショーケースの中の自信作を眺める。甘いもの好きのナルトは、自分が美味しいと思えるものを作るが信条のパティシエで、オーナーにもそこを気に入られて採用されたのだ。
 万人受けして数が捌けるものよりも、どこかの誰かに本当に気に入ってもらえるスイーツを。それが、カフェ併設型パティスリー『les feuilles(レ・フュイユ)』の掲げる主義である。普段何をしているのか具体的な事は良く知らないものの、いつも忙しくしているらしく滅多に店には顔を出さないオーナーは、時折ふらりと現れては新作を試食したり、今後店をどうしたいのかを突如語り始める情熱肌な人柄だ。

「まあ、イケメンだけど……。でも、甘いもの嫌いだってはっきり公言してたじゃないか」

「そんなの、サスケが好みのスイーツにまだ出会った事がないだけだってばよ。俺が、スイーツってこんなに美味いんだってことをサスケに教えてやんの!そのくらいの方が気合い入るだろ」

「難儀な好みしてるんだね……相変わらず。また振られるよ」

 同情と揶揄と侮蔑の入り混じった眼差しと、辛辣で現実的な言いようにぐっと言葉に詰まる。水月は客の前では物腰柔らかで終始ニコニコしている癖に、本当のところは毒舌なのだからとんだ優男だ。

「う、うるせえっての!今度は大丈夫だってば、……みゃ、脈アリだし……」

「あれのどこが脈アリに見えるっていうの。ホント、キミっておめでたい頭してるんだね。フランス人って皆そうなの?」

「なんだってばよ、さっきから。うまくいくかどうかは、告白してみないとわかんねえだろ!それに俺はハーフだし!」

 まるで喧嘩を売るかのような物言いにカチンときて声を荒げれば、そろそろ開店時間だぞ、とバックヤードから声が掛かる。その言葉を受け、軽く肩を竦めた水月はカフェのランチ内容が書かれたボードを抱えて外へ出て行き、話はそこで途切れた。

「開店前に喧嘩しないの。ナルト、そこ邪魔だからちょっと退いて」

 先程の声の主が奥から出て来て、カフェスペースに設置してあるブラックボードの前に立つとチョークを使い丁寧な字でブレンドの説明を記していく。ランチやデザートメニューのセットになっているコーヒーは、バリスタであるカカシのオリジナルブレンドというのが売りのひとつだった。
そこまで広い敷地という訳では無いが、ナルトの職場である洋菓子店はカフェを併設してあり、そこで店内で売っているケーキや焼き菓子を食べる事も出来る。その為にバリスタまで雇っているのだから、オーナーの熱の入れようが窺えた。将来はフランス料理のレストランも経営したいと意気込んでいるらしいから、余程フランス通なのだろう。

「なるほど。ハーフだから、あまりフランス人っぽくないんだね」

 カカシ同様バックヤードから出てきた同僚の言葉に振り向けば、美しい仕上げや飾りつけで定評のある同僚がナルトと揃いのコックコートを身に着けて笑みを浮かべていた。

「サイ……、お前、バースデーケーキのデコレーションは?」

「勿論終わったよ。いつも通り、ナルトが作ったケーキの美味しさを損なうような飾り付けはしてないから安心して」

 内心気にしている事を指摘され、ふてくされた顔で言葉を返す。それでもサイは気にした様子を見せず、個別販売しているマジパンの配置を並べ替え始めた。
 サイはナルトと同じパティシエだが、得意分野は飴細工やマジパンなどアーティスティックな部門である。ナルトが来る前から働いていたカカシや水月とは違い、店が繁盛して忙しくなった事をきっかけに、つい最近新たに雇われたパティシエだった。
それまで、フランスでの修行中は仕込みからデコレーションまで一人で行っていた経験を活かして、ナルトはスイーツ作りを一から十まで全て自分の手で行っていた。しかし、手先の器用なサイがレ・フュイユに勤め始めてからは。それらの類は全てサイに任せる事になってしまったのである。その為、サイ自身に対しては同僚として仲良くやっていきたい気持ちはあるものの、彼の技術にどうしても嫉妬心を抱いてしまう。
 一人で全てをこなす必要は無い、適材適所という言葉の意味の通り、それぞれ得意な事をやれば良いという考え方のオーナーの指示でそういう決まりになっている。それは合理的な考え方で、ナルトとて異論はなかった。
しかし、それではいつまで経ってもナルト自身のセンスと技術は向上しない。その為店舗に出す品物ではない商品のデコレーションは時折自分でやってみたりはするものの、どうやってもサイのデコレーションの方が見栄えが良く繊細で美しかった。比べて落ち込んでまた思考錯誤して、を繰り返してもどうやっても彼に敵わない。それでも、自分の作るスイーツに対しての自信と矜持がナルトのプライドを支えている。
 ナルトは約二年前に日本に移り住んだフランス人と日本人のハーフである。日本で生まれ育ち、大学の卒業記念に友達とフランス旅行をした母親が、現地で父に一目惚れしたのが出会いだったらしい。一旦友達と帰国したもののどうしても諦めきれず、単身フランスに渡って押しの一手で猛アピールしたというのだから、日本人離れした行動に父は随分驚かされたと聞いている。父であるミナトは菓子作りが趣味ではあったものの本職という訳では無かったが、ナルトの夢を応援してくれて日本行きもすんなり許してくれた。
 母が日本人だった為、今までも日本には幾度と無く訪れていてそれなりに知識もあったものの、スイーツの本場であるフランスで生まれ育っておきながら、何故日本でパティシエの職を探す事になったのか。それにはさほど深くも無い、けれどもナルトにとっては大変重要な理由があるのだが、それも今は終わった話だ。
 開店時刻の十時になり、最初の客が店内に入って来る。商品の見た目と接客も味のうち、というオーナーの言葉を今日も噛みしめて気を引き締める。いらっしゃいませ、と笑顔をつくりよそゆきの声を出せば、少しは気分が明るくなる気がした。






 正午を過ぎ、時計はもうすぐ午後一時半を指そうとしている。昼休憩を終えたナルトは、残り僅かになっていたシュークリームを追加で陳列し、カフェ限定で食べる事が出来るタルトの焼き上がりをチェックした。
 どこのパティスリーにでも置いてあるタルトはスイーツの定番ではあるが、中に何を入れるかによって面白い程に味が変わる、手のかけがいのある品でもある。フルーツや木の実でアレンジするのが主流だが、店の売りになるような一風変わったものを作りたくて色々と試してみている最中なのだ。だからこそ、食べた客の反応が解り易いカフェ限定で出している。タルトは他のケーキと違ってデコレーションが必要無いのも、ナルトが力を入れたがるひとつの理由だった。
 切り分けたタルトを専用のケースに入れ、この時間帯はカフェに人員をとられがちな店舗の接客を行う為にバックヤードから出る。と同時に、店に入って来た客の姿をみとめるなり、ナルトは目を輝かせて声を上げた。

「サスケ!」

 細身のスーツが良く似合っているサラリーマンは、視線が合うなりうんざりした表情を浮かべて溜め息を吐く。それでも真っ直ぐにナルトの側まで歩み寄ると、ショーケースを挟んで低い声で呟いた。

「いつもの、包んでくれ。取引先まで三十分はかかるから、保冷剤も頼む」

「りょーかい。その他には?俺が何か見繕ってやろっか」

「いい、遠慮する。仕事中だ」

「サスケが仕事終わるまで取り置きしておくってばよ」

「前も言っただろ。甘いものは好きじゃない」

「俺の作るスイーツ、絶対美味いから。サスケに食ってみて欲しいの!」

「……どこから来るんだ、お前のその自信……」

 ショーケースに並べられたショーケースから注意深くミルフィーユを取り出しながら熱心に言葉を並べ立てても、サスケの返事はいつも同じ。最初はまた今度、次の機会に、と多少なり柔らかい文句だったのだが、来店する度に執拗に繰り返されるナルトのセールストークに嫌気が差したのか、今では、要らない、遠慮する、と歯に衣着せぬ物言いに変わっていた。
 千枚の葉という意味のミルフィーユは、店の名前の由来になるくらい、レ・フュイユにとって重要で、看板商品でもあるスイーツである。加えて、このケーキのお陰で甘いものが苦手なサラリーマンのサスケが店に通う事になっているのだから、どうしても扱いが丁寧になるというものだ。
しかし残念ながら、ミルフィーユはナルトの作ったものでは無い。この店が開店した当初から働いていた古株のパティシエが一人で作っている品物だ。彼は看板商品の他にも店に並ぶケーキの大半を作り、まだ数は少ないものの店頭販売を始めたショコラも手掛けるショコラティエでもあった。
フランスで高校を卒業してすぐにパティシエの修行を始めたとは言っても、まだナルトのパティシエ歴は片手で足りる。開店した当時はたった一人で店を切り盛りしていたらしい腕のたつパティシエが居るというのに、そんな若手に看板商品はまだ任せられない、そんな風に言われても仕方が無かった。

「この店、ミルフィーユ以外にも美味いもんいっぱいあるのに。もったいないってばよ」

 水月のところで会計を済ませて来たサスケに依頼の品を手渡すと、皺ひとつないスーツに身を包んだサスケは困ったように溜め息を吐く。何度言えば解る、本当に苦手なんだと呟く声は、今度はうんざりしているというよりは申し訳無さそうに聞こえた。

「いい加減にしたら?あんまりしつこいと嫌われるよ」

 サスケを送り出し、ショーケースの上に両肘をついて深く息を吐く。傍目から見ても露骨に落ち込んでいると解る態度をわざわざとっているにも関わらず、無遠慮に辛辣な物言いをしてくる同僚に事欠かないこの店は、ある意味日本に来てから傷心続きのナルトにとっては、精神を鍛える良い環境なのかもしれなかった。

「嫌われてんのかなぁ……。でも、その割にはしょっちゅう来てくれるし……」

「仕事だからじゃないかな」

 水月に続いてサイにまで手厳しい意見をぶつけられ、ナルトは返す言葉を失う。
 甘いものが苦手なサスケは、折角店に立ち寄っても取引先へ持っていくミルフィーユとショコラしか購入しない。そのどちらもナルトの手がけたスイーツでは無くて、まるでその他のものは要らないと言われているような気がして時折自信を失くしそうになった。
だからこそそれ以外の、特に自分が作った商品を勧めてみたりもするのだが、結果はいつも決まって同じ。ごくまれに、悪いが、だとか気を遣う素振りを見せてくれたり、今日のように困った顔をする事はあっても、プライベートでは頑なに店の商品を手に取ろうとはしなかった。

「いーや!俺は諦めねえ!絶対、俺の作ったスイーツをサスケに食べてもらうんだってばよ!」

 不意に大声を上げて宣言すれば、ちょっと、静かにしなさいよ、といつの間にか側に来ていたバリスタに窘められて素直に謝罪する。何となく時計を眺めればそろそろ明日の仕込みに取りかからねばならない時刻になろうとしていて、慌ててバックヤードへ入った。
いくら勧めてもあれほどまで頑固に断り続けるのだから、おそらくサスケは本当に甘いものが苦手なのだろう。それでも、いつも気難しそうな表情を浮かべたサスケが、ナルトの作ったスイーツで破顔する様子を見てみたいという夢は諦めきれなかった。
 他の客のように、驚きと感動の入り混じった表情で、美味しいと呟いたサスケがその表情を柔らかくすれば、きっと今よりもずっと魅力的に見える。近い将来絶対に実現させてやるという決意を胸に秘め、明日の仕込みに取りかかった。今から作るどれかが、明日サスケに食べて貰えるかもしれない。そう思うと、自然と力が入る。仕込みが終わったらいつものように新作の構想に時間を割くのが、サスケが甘いものが苦手だと知ってからのナルトの習慣だった。そうやって考え出したスイーツで、サスケと、サスケ以外の客も喜ばせる事が出来れば、パティシエとしてもまたひとつ成長出来るに違いない。
 誰かに本当に気に入って貰えるスイーツを。今日もその信条通りに、熱意と誠意をもってスイーツと向き合う。一人前と認められるにはもう暫くかかりそうな新米でも、ナルトは既にいくつかの商品を任されるプロである事に違いは無いのだ。
そんな風に前向きに考えれば、生地作りに必要な粉をボウルで混ぜ合わせるナルトの口からは自然と歌声が零れる。音楽を聞かせたら美味しくなるものってなんだっけ、と頭の隅で考えながら手を動かせば、誰よりも美味しいものが作れそうな期待に胸が膨らんだ。