※現パロ。リーマン×リーマン。27歳。
好きな漫画が終わってしまったナルトと、その漫画を途中で読むのをやめてしまったサスケの話。
NARUTO完結記念。
紅葉の見頃が終わり、初雪のニュースをちらほらと耳にするようになった十一月上旬。サスケは衣替えで取り出したばかりの丈の長い黒のトレンチコートを羽織り、家路を急いでいた。このところ寒暖の差が激しく、今日は特に冷え込んでいる。街ゆく人々も大半がアウターを身に纏っていた。にも関わらず、誰もが早足で何となく機嫌が悪いように見えるのは、ここ数日で急激に増した寒さのせいだろう。
同じ会社に勤めるナルトは今日はとっくに退社していた。聞いた話によると、なんでも多少強引に都合をつけて定時であがったらしい。そんな事をする理由が思い当たらずサスケは内心不思議に思ったものの、特に気に留めてはいなかった。
吹き抜ける冷たい風に身震いして、コートの襟に顔を隠すように寒さを凌ぐ。今日の食事当番はナルトの担当だ。今夜は随分冷え込んでいるから何か温かいものを用意してくれていると期待しても良いだろうか、と考えながらアパートのドアに鍵を突っ込んだ。今日ばかりは夕飯がラーメンでも許してやらなくもない。
「ただいま」
同居を始めた頃はどうにも照れくさかった挨拶は今や習慣になっていて、いつものように素っ気無く呟くと靴を脱ぎネクタイを緩めながら居間へ向かった。しかし、一歩踏み出した瞬間に違和感に襲われ眉を顰める。
普段ならば、部屋のどこにいても、何をしていても、飛び付かんばかりの勢いで迎えに出て来るナルトの返事が無い。おまけに、玄関こそ灯りが点いていたものの、居間は暗いままで足を踏み入れた形跡は無かった。短い廊下に漏れる光から寝室は電気が点いているらしい事が解り、不審に思って歩みを速める。強引に定時で上がった理由は体調不良が原因だったのではないかと思うと急に心配になり、それまで肌に感じていた寒さも忘れた。
「…おい、ナルト!」
ほとんど駆け込むように寝室へ入ると、ナルトは未だスーツのままで床に座り込んでいた。サスケに背を向ける格好だったのでその表情までは窺えなかったが、何かを抱き締めるようにして小さく肩を震わせている。
「どうした、具合が悪いのか」
尋常では無い様子に鞄をその場に落とすように置くと恋人に近づいて右手を伸ばす。肩を掴み顔色を見ようと手に力を込めると、不意に振り返ったナルトに勢い良く抱き着かれてバランスを崩した。
「…っ!?…っ、…何すんだ、…このウスラトンカチ!!」
両脚を抱き込まれるような格好で飛びつかれた為、情けなくも床に尻餅をつく格好で座り込んでしまう。その拍子に寝室の壁に強かに背中と後頭部をぶつけてしまい、痛みに思わず声を上げた。当のナルトは、サスケの事などお構い無しに体勢を変え胸の辺りに顔を埋めるときつく抱き締めて来る。咄嗟に両腕を後方についた事でそのまま仰向けに倒れ込む事は防ぐ事が出来たものの、見動きはとれそうになかった。背に回された腕にこもる力は全く手加減がされていない。
「おい、スーツが皺になるだろうが…」
「サスケェェェ!!」
先に帰ったナルトが暖房もつけていない為部屋は冷え切っていた。その為恋人の体温は心地良かったが、お互い未だスーツの上にコートを羽織ったままの恰好だ。どちらも家で洗濯出来無い事を考えると迂闊に汚したり皺を作ったりする事は避けたかったものの、サスケに抱き着き胸に顔を埋めたナルトがどうやら泣いているらしい事を察すると、無慈悲に引き剥がす訳にもいかなくなる。結局サスケは、口から出掛かった小言を呑み込む代わりに溜め息を吐くと跳ね放題の金髪を優しく撫でてやった。
「……仕事で何かあったのか」
「…終わっ…、…終わっちまった…」
帰宅してからどれくらいの時間そうしていたのか、サスケのシャツを掴むナルトの指先はかじかんで赤みがさしている。全く話が見えないが、余程の事があったのだろう。恋人の発した言葉の主語を明らかにする為、何が、と問おうと口を開きかけるも、それよりも先に床に落ちていた週刊漫画雑誌を拾い上げたナルトが瞳にいっぱいの涙を溜めてサスケにそれを突き付けて来た。
「コレ!このマンガ!とうとう終わっちまったんだってばよ…!」
どういう風に扱えばこんな風になるのか、今日発売だった筈の漫画雑誌は表紙がひどく皺になってしまっている。ナルトが指し示すキャラクターは、サスケにも見覚えがあった。確か、自分達が学生の頃から長期連載している人気漫画の主人公だ。
「ああ…それ、まだやってたのか。打ち切りにでもなったのか?」
半ば押し付けられるようにしてその雑誌を受け取ると、懐かしさに目を細めてぱらぱらと紙面を捲る。この国で一番有名と言っても過言では無いその雑誌は、ナルトが丁度中学に上がった頃くらいから購読を始めたものだ。中学・高校時代、毎日のようにナルトの部屋に入り浸っていた時期は、サスケも毎週ナルトの読み終えたものを読んでいた。しかし、高校を卒業後ナルトは就職し、サスケは大学に通うようになってからは、ナルトに学生時代のような頻度では会えなくなり、自然とその漫画雑誌からも離れる結果となってしまっていた。サスケも大学を卒業し社会人となり、同居を始めてから、まだナルトが件の漫画雑誌を毎週欠かさず購入している事を知った時は、いつまでもガキだなと内心微笑ましく思った事を覚えている。
「打ちきりじゃなくて、終わっちまったの!俺さ、中学上がった時、その漫画が読みたくてその雑誌買い始めたんだってばよ。それからずーっと毎週楽しみにしててさ、……15年連載してたんだって。すげえよな」
「……十五年」
ぐすぐすと鼻を啜りながらナルトが呟いた言葉が、確認するように思わずサスケの口からも零れる。同い年のナルトとサスケはもう二十七だ。サスケが大卒で就職し、同居を始めてから五年になる。どうりで、捲った紙面に掲載されている漫画が知らないものばかりになる筈だ。
ほら、サスケも読んでただろ。涙声でそう言われて、懐かしい記憶が蘇る。学校でも、行き帰りも、家に帰ってからも一緒に過ごす事が多かった子供の頃、いつものように部屋で寛いでいたサスケの目の前に漫画雑誌を突き付けて来たナルトが言ったのだ。
なぁサスケ!このマンガ、すっげー面白いから!一緒に読もうぜ!!
記憶自体は多少朧げになっていたものの、その時のナルトの瞳を輝かせ頬を紅潮させている表情は、十五年経った今でもサスケの脳裏に鮮明に焼き付いている。一緒に過ごす事は気が楽でも、多方面に亘ってお互いの好みが多少違う事を長い付き合いの中で理解していたサスケは半信半疑で読み始めたものの、予想に反して早々にその漫画の魅力の虜になり、ナルトと一緒に夢中になって読んだものだった。毎週続きが楽しみで仕方無くて、時が経つ毎にナルトの部屋にその雑誌と単行本が増えていく事に二人とも胸を躍らせていた。
受験勉強が忙しくなり、高校を卒業してナルトと離れた事が直接的なきっかけとなってサスケのほうはいつしか読む事が無くなっていたけれど、ナルトはずっと続きを追いかけていたようだ。
「ずっとずっと追っかけて来た、主人公の夢が叶ったんだってばよ。すっげえ感動的だった…!」
「……そうか。良かったな」
まるで、サスケに初めて漫画を勧めて来たあの時のように、少年のように瞳を輝かせて一喜一憂するナルトに素直に愛しさが湧き上がり、優しく頭を撫でてやる。
「単行本、全部あるぜ。雑誌も結構溜まってっから、最新刊の続きから最後までちゃんとあるし。……読む?」
懐かしいな。ナルトの髪を梳くように撫でてやりながら呟いたサスケの微かな声を聞き逃さなかったナルトが、期待を込めた眼差しを向けながら早口に捲し立てて来た。一応質問の形をとってはいるが、読んで欲しそうな様子を全くと言って良い程隠せていない。そんなナルトの態度が、十五年前に同じ漫画を勧めて来た頃と重なって、懐かしさに小さく笑んだ。
「明日は代休だし…、…そうするか」
タイミングの良い事に、納期の速まった仕事をこなす為土日連続で出勤していたサスケは、週初めである月曜の出勤で無事に取引先にデータを提出し、明日から二日休みの予定になっている。家にこもってじっくり読めば、明後日の夜には読み終えるだろうか。
「マジ?やった!読み終わったら話そうぜ!!」
サスケの言葉を受けて、ナルトは頬を紅潮させ涙を湛えた両目を喜びの色で染め上げた。現金で子供っぽいその反応が微笑ましく、サスケはぐしゃぐしゃとナルトの金髪を?き混ぜると取り敢えず自分の上から退くようにと促す。すっかり皺になっていた漫画雑誌の表紙を掌で撫でつけて整える間に眺めていると、急に期待に胸が高鳴った。
普段の帰宅後の日課がまるごと頭から抜けているらしいナルトを立たせ、まず暖房をつけてからお互いに着替えを済ませた。幸いそれほど被害を被らなかったコートとスーツは普段通りハンガーに掛けてしまい、皺になったシャツは洗濯機に突っ込んでおく。暫く経ってやっと部屋が暖まって来た事に安堵の息を吐き、ラフなルームウェアを身に纏ったサスケは本棚代わりになっているカラーボックスに溢れんばかりに並べられている単行本の背表紙に視線を滑らせた。七十巻以上もあるらしい事を今更ながらに認識し、時の流れに知らず知らずのうちに息を吐く。どこまで読んだかすっかり記憶に無く、それを確認する作業からまず時間がかかりそうだなと考えながら、見覚えのある表紙に惹かれて二十七巻に手を伸ばした。ぱらぱらと捲ると、やはり見覚えのある内容に一気に頭の中が子供に戻ったような気になって胸が高鳴る。この辺りの内容は、当時胸を熱くして毎週楽しみにしていたものだ。
「せっかくだからさ、1巻から読もうぜ。サスケ、もう随分読んでねえだろ。忘れちまってるとこもあるかもしれねえしさ」
不意に傍で聞こえた声に紙面に落としていた視線を上げれば、開いていた二十七巻を取り上げられてサスケは面白くなさそうに眉間に皺を作る。楽しげに笑ったナルトに人差し指で眉間の皺を伸ばされてから一巻を手渡され、多少不服に感じながらも一応受け取った。
ところどころ黄ばんだそれを含めて五冊程カラーボックスから抜き取り、サスケはスイッチを入れた小さめの炬燵に腰を落ち着ける。暖房だけで冬場を乗り切ろうとするとどうにも電気代が高くつく為、エアコンの設定温度は出来るだけ低くして炬燵も併用する事に決めたのは同居して初めての冬だ。ナルトに炬燵を使わせると何かと散らかりそうで最初は反対したものの、慣れてみると居心地が良くて、結果炬燵無しで冬を過ごす事が出来無くなったのはサスケの方だった。
「……おい。……狭くて読めないんだが」
ただでさえ小さめの炬燵だというのに、サスケが一巻を開き数ページも読まないうちにくっつくように隣に陣取ってきたナルトに抗議の意味で低く呟く。
「お前本当に俺に読ませる気があるのか。……大体晩飯はどうなってる、今日はお前の当番だろ」
せっかく読む気になっていたところで鬱陶しく付き纏われ、一緒に読もうとするかのように頬を寄せて来る金髪頭を掌で押しのけると、ナルトは面白くなさそうに唇を尖らせた。
「……サスケが読んでんのが気になる」
「…ったく…、じゃあ何か頼むかコンビニで買って来るかすればいいだろうが。今何時だと思ってんだ、てめえだって腹減ってんだろ」
空腹だと尚更寒さが身にしみるような気がして、サスケは不機嫌さを隠そうともせず仏頂面を作る。炬燵の上に置きっぱなしになっていたナルトのスマホに手を伸ばすと、有無を言わさず押し付けて単行本を読むのを再開した。
「……じゃあ一楽のラーメンでいい?すぐ持ってきてくれるし」
「てめえの奢りならな」
どうしても傍に居たいらしいナルトの提案に即答を返すと、ナルトはその場から動かぬまま電話をかけ始めた。味噌チャーシュー大盛りと塩、それから炒飯と餃子、と大盤振る舞いで注文するところを見れば、ナルトの方も余程腹が減っているのだろう。電話を切ったナルトはこれで自分の役目は終えたと言わんばかりに再びサスケに身を寄せて手元を覗き込んで来た。
「……うぜえ。離れろ」
「だって、気になるじゃねえの!」
「てめえは全部読んだんだろうが」
「ちげーって!サスケがどういう反応すんのか気になんの!」
「……はぁ…?…何言ってんだお前」
いまいち主旨の理解出来ない主張に毒気を抜かれた事もあり、何を言っても聞きそうに無いナルトとの言い合いに諦めという終止符を打ったサスケは観念して視線を漫画に戻す。左半身にべったりくっついてくるナルトの存在は無いものとして読み進める他無さそうだ。
うるさく話しかけてくるならば意地でも引き剥がそうと考えていたのだが、ナルトはただくっついてくるだけでじっとサスケと一緒に紙面を見つめていた。その状態が、今サスケの手の中にある漫画に夢中になっていた中学の時の記憶に重なって不思議な気分に襲われる。確か、十五年前も、ナルトとこうやって一冊の漫画を読んでいた。
ページを捲る毎に世界観に引き込まれて、次第に寒さも空腹も気にならなくなっていく。少し傷んだ漫画本が、空間ごと昔に引き戻したようだった。仕事の忙しさも、日常の慌ただしさも、大人になって覚えた処世術も、全て忘れて心だけが子供に戻った気分になる。キャラクターの台詞が頭の中で声になり、漫画の中で吹く風の音が耳の奥に響いてきた。
早く読み終えてナルトと感想を語り合いたいような、いつまでもこの世界に浸っていたいような、複雑で不思議な思いが胸に広がって鼓動が速まる。
連載が終了してしまったと喪失感に哀しみながらも完成を喜ぶナルトの中では既にこの物語は終わっている。しかし、サスケのように途中で読むのを止めた者が再びその世界と触れあえば物語はいつでも続きがあって、全く知らない誰かが初めて本を開いた時にはそこからいつでも始まるのだ。
終わってしまった物語も、決してそこで途切れたり無くなったりする訳では無い。ナルトが十五年も追い続け、終わりを知った彼によってサスケが再びその世界と出会ったように、きっとこれからも誰かの思い出と熱意によって、物語は幾度も始まりと終わりを迎え続けるに違い無い。
昔の情熱を思い出して読み耽るサスケの中でも、きっと数日後には物語は終わりを迎えてしまう。しかし、どんなに時間が経って多少色褪せてしまっても、没頭した時間と滾る想いは消えてなくなったりはしない。思い出してまた本を手に取れば、いつでもそれはそこにあって、再び胸を躍らせてくれるのだ。